「お待たせしました」
 ボーイが何やら包みを渡すと、男達は無言で立ち上がる。男達が出て行くと貴婦人達はホッとしたかのように、あからさまに悪口を言い始めた。
「だいたい、あんなの乗せるほうが悪いわ。ねぇ船長さん、一体どういう人たちなの」
 隣のテーブルの船長は困ったように答えた。
「私にもよく分らないんですが、何でも政府の緊急の仕事とかで」
「そう……でも、あのみすぼらしい女の子たちが政府の重要人物とも思えないわね」
 貴婦人たちは、昨日ゴンドアの空港で見かけたきり部屋から出てこない二人の少女を思い出し、大声で笑いあった。



たゆたえど沈まず




 部下が食事に出かけた後、ムスカは空に浮かぶ船体中央の客室でソファに座り、自分が与えた活字にのめり込んでいると、ぼんやりと窓の外を眺めているシータの横顔を見ていた。ムスカはこの姉妹を最初は全く似ていないと思っていたが、こうして改めて見比べてみると二人の雰囲気はよく似ている。この姉妹には、とても辺境に苦労して育ったとは思えない気品があった。意志の強さを良く現しているキリッと締まった口元もよく似ている。
 そう、強くなければとてもあの北の谷では暮らせなかっただろう、とムスカは思う。ゴンドアの谷ではちょうど、やがて来る冬に備えて仕度をしている真っ最中だった。まばらに散る各家とも、薪を集めて牧草を刈り、屋根の修理をしていたりした。それを、この娘たちはたった二人でこなしていたのだ。
(強い女性というのも悪くない)
 そんなことを考えたムスカはちらりとを見やり、口の端を上げる。彼女は強く、そして美しい。近い将来目的を遂げた暁には、彼女には自分の隣に並ぶ栄光を与えてやってもいいかもしれない。輝かしい未来に想いを馳せ、ムスカは笑みを深めた。
 ……と、そのとき、ノックの音がして3人の部下が入ってきた。ムスカは慌ててその顔から表情を消す。部下たちはサロンで受け取った包みを開け、二人分のサンドイッチと飲み物をテーブルに置くと、入ってきたときと同じように無言で隣の部屋に戻った。
 ムスカは立ち上がり、両手でとシータそれぞれにサンドイッチの皿を近づける。は一瞬だけムスカの方を見て無言で皿を受け取ったがサンドイッチを食べ始める様子はなく、シータの方はといえばまったく動く気配を見せない。ゴンドアを発って以来、二人はずっとこの調子である。姉の方はムスカの与えるものを素直に受け取る柔軟さを見せるものの自分のペースは崩さず何も語らず、妹の方は頑なに全てを拒否し続ける。一見対称的な行動をとっている二人だが、その本質はムスカたちのことを受け入れないという意味では同じである。
(去年取り調べた隣国のスパイの方がまだ取り扱いやすかった)
 ムスカは微かに苦笑した。



(おなかすいた)
 は読んでいた本を閉じると、膝の上に乗せていたサンドイッチの皿を右手で持ち、左手に持っていた本を膝の上に乗せ、それをテーブル代わりにして皿を乗せた。シータの方といえば、一向にそれに手をつける気配がない。 仕方ないといえば仕方ないだろう。にはシータの気持ちが痛いほど分かる。彼女だって、この旅がこんな怪しい連中と一緒でなければ素直に空の旅を楽しんでいたに違いない。しかし、同じ血を分けた姉妹といえども、どうやらはシータに比べると随分タフらしく、おなかが空けば"食べたい"と思ってしまうのだ。男たちが自分たちを必要として連れ去ったことを考えれば、食事で毒殺されることも考えにくい。はサーモンの挟んであるサンドイッチに噛り付いた。
 本当は、ゴンドアの空港に着くまで、とシータは何度か逃げ出そうともした。ゴンドアの街のホテルで隙を見て話しかけた男は真剣に話を聞いてくれた。だが、ムスカが手帳のようなものを見せ何やら話した途端男は関わり合いは御免だというように去っていった。「人攫い!」とシータが騒いだこともあったが、悠々とした男たちを見て誰も本気に取り合ってくれなかった。 空港についてからは人と話すチャンスもなかった。一度だけ達は男たちに行き先と目的を尋ねたが、「今最高機密を明かすわけにはいかない」と冷たくあしらわれてしまった。
(最高機密ねぇ……。たぶん、ラピュタだと思うんだけど)
 両親たちが死んだ時より5歳も下だったシータはおそらく聞いていないのだろうが、はきちんとその話を聞いている。かつて先祖たちが暮らしていたという天空の城、ラピュタ。伝説ともされているその地は、たしかに存在していたのだ。たち姉妹の身体には、その地を総べていた王の血が流れている。しかし、その内容を今、妹のシータに告げるべきかどうかは迷っていた。
「決して悪いようにはしない」
 あの日ムスカが言った言葉はおそらく本当のことなのだろう。たち姉妹を攫ったところで身代金を払う人間は存在しない。それでも攫う必要があったという事は、達自体に用があるということだ。しかし、この言葉だけで、全てを知らないシータが男たちを信じられるわけが無い。真実をある程度知っているでさえ、いや、真実を知っているからこそ彼らを信じることができないのだ。警戒心の強いシータなら尚更だろう。
、シータ、着いたら君たちに話したいことがたくさんあるんだよ」
 わざと押さえているのか、声にも感情が乏しく、とてもなじめるものではなかった。
「私の家はね、ずっと以前はあの谷に住んでいたんだよ。何代か前に谷を降りて、都会で暮らすようになったんだ。これは政府のおエラ方にも軍にも言っていないことだ。君たちだから話すんだよ。だから、どんなことがあっても、私だけは君たちの味方だよ」
 もしムスカのいうことが本当だとしたら、彼はたちと同じ"一族"ということになる。ムスカの話を聞きながら、はぼんやりと考えた。彼が一族の人間であるのだとしたら、彼の真の目的はおそらくラピュタの王になることだろう。そう考えれば全ての辻褄が合う。は眉を寄せた。彼はこのことを政府のお偉いにも軍にも話していないと言っていた。それはつまり……。
 はっとしてムスカの方を見ると、先程の無表情とは違って、不敵に微笑むムスカと目が合った。そしては全てを察する。
(彼がその気なら、私は彼を全力で止めなければいけない)
 一族のために、シータのために、そして自分のためにも。



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2013.12.15