「はあ、妖怪ですか」
今の今まで霊感などというものとまったくもって縁のなかったわたしは、彼らの説明に気のない返事をした。
だってオバケとかユーレイとか信じてなかったし。
でもこの目で見ちゃったんだよなぁ、小さなオニ。
見たものを否定してしまったら、それこそ自分の気がふれていたことになってしまう。
それは困るのだ。
だったら信じるしかない。
しかしなんで急にそんなものが見えるようになったんだろう。
わたしが暮らしていた時代ではそんなもの見かけたことなんてなかったのに。
絶滅でもしたのか?
それとも、時代を越えた影響?
謎は謎を生むばかりである。





江戸薬師考





「わたし、妖怪なんて生まれて初めて見たんですけど、そういうのが見える方って結構いるんですか?」
「いえ、あたしの知るかぎり、そういった人間は稀ですね」
の質問に答えたのは、仁吉だった。
そうなんですか、と流そうとしたところでは僅かな引っ掛かりを覚える。
(そんな稀である人間が、この長崎屋に三人も揃ってるの?)
聞けば、仁吉も若だんなも佐助も鳴家が見えるのだという。
家人は数居るというのに、妖怪が見える二人が、妖怪が見える若だんなの世話役になるなどという偶然、あるのだろうか。
(つまり、必然?)
彼らがどういう出会い方をしたかなんては知らないし、どんな経緯で世話役になったのかも知らない。
また、知る必要もないだろうとは思う。
は医者で、彼らは客(患者)だ。
踏み込む権利などこちらにはないし、踏み込みたいとも思っていない。
他人の抱えるものまで請け負う余裕など、自分にはないのだから。
「それでは、若だんなの容体も落ち着いたようなので、わたしはそろそろ失礼しますね」
静かにそう告げると、は立ち上がった。
麻疹には小さい頃にかかったことがあるので、長居したところでうつったりはしないが、診療所を空けてきているのである。
この時代の内科医にしては珍しく往診をメインにしていないの診療所には、連日多くの人間が訪れるのだ。
長く、留守にしているわけにはいかない。
先生」
退室しようとしたところで、声が掛かった。
若だんなである。
「どうかなさいましたか?」
優しげな声色で、は振り返った。
若だんなは、まっすぐとを見ていた。
「また、来てくれる?」
懇願するようなその声に、は目を瞬かせた。
あれ? これってどういう意味?
ちらり、と仁吉に視線を移すと、彼は意味ありげに笑った。
「往診料でしたら、お払いしますよ?」
仁吉の台詞に、は顔を顰めた。
なんとも嫌な奴だ。
提示した金額を払ってもらえるのなら、もちろんは往診に来るだろう。
しかし、若だんながそういう意味で先程の言葉を言ったわけではないのは明らかだった。
思わず、困ったような表情で若だんなを見てしまう。
こうまで望まれるのなら是非会いに来てやりたいが、こちらとて商売である。
働いて金を稼がなくては生活していけない。
聡い彼はそんなわたしの心情をしっかりと読み取ったようで、己の家人に苦笑いを見せた。
「仁吉、そんないじわるな言い方をしなくても、方法があるだろう?」
嗜めるような、声。
仁吉は溜息をついた。
やがて諦めたようにに向き直る。
先生、若だんなの主治医になっていただけませんか」
定期健診と、実際病気になったときの往診。
月契約で、一定金額の支払い。
に、断る理由など見つけられるはずもなかった。





04 ←   → 06






20080413