江戸薬師考
どうやら、日本橋の大店である長崎屋の若だんなは病弱らしい。
この事実は江戸では有名だということだが、わたしがそれを知ったのはこの江戸に来るようになって、じつに半年後のことであった。
「それで。今回は麻疹ですか」
「ええ」
ですから、今回ばかりは往診していただきたい。
もはや顔馴染みになってしまった仁吉さんの言葉に、わたしは、うーん……と唸った。
麻疹は、近頃江戸で流行している病である。
大抵は小さな子供がかかるものなので、その親たちになんとかしてくれと頼まれるのだが、如何せん麻疹には特異的な治療方法がない。
せいぜい、解熱剤や咳止めで苦しさを誤魔化す程度である。
しかも、年齢が高ければ高いほど症状は酷くなるというのに、若だんなは十七歳ときた(数え年だから、実際は十五、六だろうが)。
どうも煮え切らないわたしの返事を一体どうとったのか、仁吉さんは「金子ならいくら払っても構いませんよ」なんて言ってくる。
べつにわたしは金の亡者じゃない。
「源信先生は、なんとおっしゃられてるんです?」
源信先生とは、仁吉さんの奉公先である長崎屋の主治医だ。
二十一世紀の市販薬で患者を診るなどというせこい術を使うわたしとは違って、きちんとしたこの時代の医学を学んだお医者さま。
無論、江戸時代の医学のレベルなどたかがしれているし、医師免許など無い世の中だから皆“自称”医者でしかないのだが、それでも源信先生は本来わたしよりもずっと立派なのである。
「源信先生は、いつも通り寝ていなさいとだけおっしゃられました」
「ならば、その通りにしたら良いのでは?」
「しかし、若だんながあまりにも苦しまれるので」
なんとかしてほしい、というわけか。
わたしは小さく溜め息をつき、診るだけ診てみましょう、と言った。
「お代は?」
「十五」
往診の準備をしながら、投げ遣りにそう答える。
勿論単位は“両”だ。
「渋ったわりに、高くありませんね」
その金銭感覚おかしくないか?
口に出しかけた言葉を飲み込み、代わりに、麻疹には大したことをしてあげられないからと答えると、彼は納得したように頷いた。
「そういえば、こうして実際に若だんなにお会いしに行くのは初めてですね」
いつもは仁吉さんだけがわたしの元に来て、若だんなの病気の症状を告げ、薬をもらっていく。
なるべく早足で江戸の町を通り抜けながら話しかけると、仁吉さんは溜め息をついて口を開いた。
「先生に長崎屋が往診を依頼すれば、とんでもない金額になると思ってましたからね」
たしかに、累進課税的な方法で治療費をもらっているわたしに長崎屋が治療を頼めば、すごい金額になる。
だから彼らは普段、源信先生を主治医としていて、どうしようもなくなった場合にのみわたしのところにやってくるのだ(それでも、利用回数はかなりのものだけど)。
「ああ、見えてきましたね」
長崎屋のお店が。
ちょうどいいタイミングで話をずらせば、仁吉さんが頷く。
普段は町中を歩けば付け文を大量にもらう彼であったが、今日ばかりは一枚もない。
それはおそらく、隣にいるわたしが白い羽織を羽織っているのが原因だろう。
わたしがこれを着ているときは“お仕事中”であることを示している。
ここ半年でわたしはすっかり“江戸に知らないものはいない名医”ということになってしまったので(自分で言うのも何だが、みんな騙されている)、わたしが白い羽織を羽織って急いだ様子のときは、みな気をを遣い、話しかけてこないのである。
そしてそれは、わたしが一緒に行動している人間に対してもそうだったから、仁吉さんが今日この移動中に誰かに引き止められることもなかったのだ。
大通りから細道に入り、通用門を通って離れに案内される。
そのとき、小さな何かが走り寄ってきて、わたしは小さく悲鳴をあげた。
「な、なに?」
「きゅわきゅわ」
「鬼……?」
随分小さいし、やたらかわいい声で鳴くので、わたしが抱いていた鬼のイメージとはだいぶ違うが、その姿は確かに鬼だった。
呟くと、先を案内していた仁吉さんがぎょっとわたしを振り向いた。
「鳴家が見えるんですか!?」
その声に合わせるように、小さな鬼が「きゅわ?」と鳴く。
わたしは仁吉さんの迫力に気圧されて、一歩あとずさった。
「あ、あのう……」
仁吉さんはわたしの声にはっとしたような表情をつくり「まずは若だんなのことが先です」と言って再び歩きだす。
足にまとわりついてくる、鳴家と呼ばれた小さな鬼を踏ん付けないように気を付けながら、わたしは仁吉さんのあとに続くのだった。
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20071129