「鷹成様!」
「もう限界か? 鷹成」
すうっと鷹成に近寄った陸陽が、にやりと笑う。
その孤を描いた口元を見上げながら、鷹成は苦しげな呼吸をした。
「は、この期に及んで術を解くとは、やってくれるな、陸陽」
「喜んでもらえたようでなによりだ、鷹成」
「皮肉のつもりなんだが」
「知っておる」
ふは、と鷹成が狂気染みた表情で笑った。





江戸薬師考





もうなにがなんだか分からず、はそのまま疑問を口にした。
「な、に……? どういうことなの……?」
ゆっくりと、陸陽がの方を振り返る。
そしてこの場にそぐわないような笑みを浮かべて、言った。
「病の症状を出さないための術を、私が鷹成にかけていたのだよ」
しかし術はあくまで症状を出さないためのものであり、病そのものを治したり、進行を止めるものではない。
感知しない間にも症状は着々と進み、やがては死に至る。
術は、万能ではないのだ。
「術……?」
先生、その陸陽という男は妖狐なんです」
妖狐……?
それはつまり。
「キツネ……?」
なるほど、だから金色の髪なのか。
「まあ、そういうことだな」
陸陽はキツネ扱いされたことに対し、特に気分を害した風でもなく笑った。
「さて……と、鷹成。言い残したことはあるか?」
「おまえに言いたいことなどなにもないよ、陸陽」
疲れたように、鷹成は言った。
陸陽は笑う。
「そうか。鷹成、私はなかなかにおまえが好きだったよ。おまえには才能があるし、努力も怠らなかった」
「その結果が、これか?」
鷹成が、苦笑した。
「なにを言う。だからこそ、おまえが死ぬに相応しい舞台を用意してやったのではないか。いとしい女に見取ってもらえるのに、なんの不満がある?」
「は、はははは。なるほど、な」
そこでいったん言葉を切って、鷹成は空気を吸い込んだ。
ごほり、と小さな咳が出る。
、愛していたよ、。本当に本当に、好きだったんだ」
「鷹成様……」
「怖い思いをさせて、すまなんだ。恨んでもいい。その代わりにどうか、私を、鷹成という男を忘れないでくれ」
そこまで言うと、鷹成は激しく咳込んだ。
「鷹成様?」
の瞳が、不安そうに揺れる。
ごほごほという音はしばらく止まらず、やがてその音はだんだんと小さくなっていく。
そして再び大きな咳をしたかと思えば、次の瞬間咳はぴたりと止まった。
ずるり、と男の身体から力が抜けて、そのままうつ伏せに畳に倒れ込む。
「たかな、り、さま?」
男は返事をしない。
それはもはや、生命としての活動を終えていた。
「い……や……、返事をして下さい、鷹成様、鷹成様!」
仁吉に押さえられながら、は叫んだ。
「娘よ、なにを取り乱す必要がある? その男はおまえをむりやり手籠にしようとしたのだろう?」
「っ!」
そういう、問題ではない。
そういう問題ではないのだ。
ひとつの命が終わることには、それなりの意味がある。
じわり、と視界が滲んだ。
「ひとの死に動揺することは、そんなにおかしいですか?」
「解せんな」
あっさりと言い放たれて、は唇を噛む。
「そうですね、あなたのような方に、命の尊さは理解できないかもしれません」
「なに?」
訝しむように、陸陽の片眉が上がった。
「永遠に近い命を持つあなたにとって、儚い命の人間に術をかけることは戯れでしかないのでしょう」
は、感情をうまく消化できずにいた。
ただ、悲しみやら憤りのままに、陸陽に言葉をぶつける。
しかし、これにはさすがの陸陽も黙っていなかった。
「言わせておけば小娘が。人間の命を戯れに扱っているのは、むしろおまえの方だろう」
「わたしのどこが、命を戯れに扱っていうんです?」
すかさずは言い返す。
「ふん、深い知識も持たぬくせして医者を名乗るなど、良い証拠ではないか」
「!」
ぴたり、との動きが止まった。
「小さな薬ひとつ出すだけで医者だと? 笑わせてくれる」
「で、でも、みんなの病はちゃんと治っています」
言いながらも、の顔はどんどんと青ざめていく。
「しかし、鷹成の病には気付けなかった」
「! それ、は……」
の唇がわなないた。
まあそれは私が術をかけていたせいでもあるがな、という陸陽の声はもはやの耳には入ってこない。
目の前が、絶望で真っ暗になる。
「あ、……あ……」
言葉が見つからない。
身体が震える。
かくん、と力が抜け落ちて、は畳に膝をついた。





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20090112