「……どうしたんです、おふたりして畳に這いつくばりなすって」
呆れたような声が、手代たちの頭上からかけられた。
のその声にはっとした佐助は、なんとかよろよろと立ち上がる。
彼は若だんなに近づくと、心配げにその体を抱えた。
いっぽう仁吉は一度に目を向けてから若だんなのほうに視線を移し、ふう、と息を吐く。
彼は人間らしくなくその目を細くとんがらせると、口を開いた。
「あたしは……もう少しで若だんなをこの世から、はじき出してしまうところだった」
「はい?」
訳が分からず、はきゅっと眉を寄せる。
若だんなが苦笑してを見上げた。
「ちょっと、危うくあの世に連れていかれそうになってね」
「はあ、」
曖昧な返事を、が返す。
若だんなは元気そうに見えるが、死にかけたとはいったいどういうことだろうか。
先程まで見越の入道がいたその部屋で、若だんなの定期健診にやってきたはきょとりと首をかしげた。
江戸薬師考
「え、本気?」
若だんなたちにことの次第を聞いたは、思わず素でそう言った。
ちらり、と佐助と仁吉のほうに目をやれば、彼らは神妙な面持ちで黙り込んでいる。
はなんとなく居心地が悪くなって、居住まいを直した。
「まったく、佐助と仁吉は心配し過ぎなんだよ。こうなったからにはやるしかないだろう?」
の心境を悟ってか、意外にしっかりとした声でそう言ったのは若だんなだった。
病弱なはずの彼が、今は二人の妖なんかよりもずっと頼もしく見える。
そりゃあ彼らは若だんなが心配だろう、と思わないでもないが。
は視線を若だんなに移した。
若だんなはの視線に気付き、に向かってにこりと笑ってみせる。
「先生、心配いらないよ。私には佐助と仁吉がいるからね」
その言葉に、二人の手代がばっと顔を上げた。
なるほど、若だんなは彼らの扱い方を心得ている。
先程の言葉は、に言ったと見せ掛けて、その実二人の手代に向けられていたのだ。
その意図に気付いたもまた、若だんなに微笑んでみせた。
「そうですね。一太郎さんの信頼を、佐助さんと仁吉さんが裏切るはずありませんからね」
ぴくり、と手代たちの耳が動く。
文字どおり本当に動いた耳を、人間らしからぬ動きだとはひそかに笑った。
「ねえ、仁吉に佐助。今考えなくちゃいけないのは、どうやって“なりそこない”と対峙するかだ。助けておくれだよね?」
「「もちろん」」
若だんなの言葉に二人の声が重なったのを聞いて、は今度こそ声を出して笑った。
「護符に二十五両……」
信じられない! といった様子で、はまじまじと護符の束を見つめながら呟いた。
護符は“なりそこない”に対峙するにあたって、若だんなが広徳寺から貰ってきた(むしろ買ってきた)ものである。
「先生にだって、かなりの診察料をお支払しているでしょう」
と、呆れたような仁吉の声が頭上から降ってきた。
どうやらの呟きを聞いていたらしい。
むっ、とは顔を上げて仁吉を見た。
「薬と護符では訳が違います」
こんな効くかどうかも分からない護符に二十五両なんて……!
一緒にしないでください、とは憤慨したように言った。
五十枚で二十五両ということは、この護符一枚は三十匁ということになる。
分かりやすく現代価格に置き換えると約八万円。
貨幣価値は時期によってだいぶ変動するので一概には言えないが、今の情勢ならだいたいこのくらいで合っているはずだ。
護符の礼に二十五両、寄進に十両。
計三十五両ということは、約五百六十万円!?
どんだけ儲ける気なんだ、広徳寺。
さらに東叡寺にも同じ金を払って守り刀を得たというのだから、長崎屋の財力には驚きだ。
「わたし、給料もっと高く設定すべきだったかも……」
そんなの給料は月三十両。
胡散臭げに護符を見ながら言ったの言葉に、仁吉は聞こえないふりをするしかなかった。
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20080713