その手のひらで踊ってやるよ
忍たまの三人組を逃がした翌日。城内では三人が牢から消えていたことでちょっとした騒動になっていたが、何らかの手段で自力で逃げ出したのだろうということで話は片付き、結局稗田八方斎様だけが怒りに打ち震えるというだけの結果になった。私が子どもたちを逃がす手引きをしたのだろうという考えを持つ者は誰一人としていなかった。仲間を疑わない、なんだかんだで身内には甘いドクタケである。
そんな訳で、忍たまが逃げたくらいでドクタケが戦を中止しようとするはずもなく、今日も今日とてパートの女性を集めて火薬作りがドクタケでは進められている。昨日に引き続き、パートのおば様方の管理や指導を任されていた私は、本日新たにパート希望でやってきていた女性たちの受け付けをしていた。そんな中、私は突如として窮地に陥ることになった。
「次の方どうぞー」
また一人採用の手続きが終わって、次に並んでいる人を呼ぶ。パートとして働くのに基本的に面接はない。それはドクタケが火薬を作るにあたって人員を大量に必要としているからだ。ただ、契約の手続きをする際に健康面で明らかに使えなそうな人であったり、まったくコミュニケーションがとれない人であったり、間者でありそうな場合には採用しないことになっている。そして“彼女”は、その最後の基準に当てはまる人物として私の前に現れた。
「半子です!」
「…………」
その姿を見たとき私は絶句した。語尾にハートが付く勢いで自己紹介してくれた彼女は一見かわいらしいお嬢さんだが、目の前にいるのはどこからどう見ても女装した土井半助だった。さあっと血の気が引いていく。恐れていたことが現実になった。しかも忍術学園の情報を手に入れるという任務を負っており、土井半助と関わっているこの私が直接彼と対面するという事態にまでなっている。だが、私はなんとか気を取り直し、表情を取り繕って口を開いた。
「あのー、申し訳ありませんが今回募集しているのは女性の方だけなんですよー」
幸いなことに私もまた男装中であるし、制服のサングラスも掛けている。もしかして彼はまだ私がだと気付いていないかもしれない。
「まあ! この私が男だっていうの!?」
「男ですよね……」
思わず低いテンションで突っ込むと、半子さんはにっこりと微笑みを浮かべた。
「そういうあなたは女よね」
「…………」
……やっぱりこれ、バレていると思う。先程から冷や汗が止まらない。私は溜息を吐いた。もうどうにでもなればいい。
「忍術学園の先生ですよね。生徒さんならお返ししたはずですが」
忍たまを無事に返したところでやはりドクタケのことは気に食わないのかもしれない。そう思って口にした台詞だったが、帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「子どもたちなら昨日からずっと行方不明です」
「……はい? それ本当ですか?」
私は思わず受付の椅子から立ち上がった。
「嘘だったらわざわざこんなところまで来ていませんよ」
私の質問に半子さんは難しい表情で答える。どうやらあの三人組がドクタケに捕えられたという情報までは掴んでいるようだが、その後ドクタケ城を無事に脱出したことまでは知らないらしい。私が彼らを逃がしたのだという事実は城の者でさえ知らないのだから、未だ生徒たちに再開していない土井半助がそのことを知らないのは当然といえば当然だが……。
「それより、生徒たちを返したってどういうことでしょうか?」
私が考え込んでいると、先程の言葉が気になったらしい半子さんが尋ねかけてくる。私は深く息を吐いた。
「そのままの意味ですよ。私はあの子たちを牢から出し、城の外まで送っていったんです。……未だあなたの元には帰っていないようですが」
「その話、信じても良いんですね?」
半子さんはじっとこちらを見つめる。忍たまたちが未だ帰らないことを考えれば当然の質問といえよう。
「疑うのなら牢を見てくるといいですよ。忍び込み慣れているでしょう?」
過去に忍術学園の忍たまたちは何度かドクタケに捕えられている。私があの三人組を助け出した経路を、半助さんも過去確実に利用しているはずだ。しかし、私の言葉に半子さんは首を横に振った。
「いいえ、ただ確認したかっただけです。あなたの言葉を疑って聞いたわけではありませんよ。……となると、あいつらは城を出た後で行方が分からなくなったんですね」
口調が半子さんから半助さんのものになった。しかし、口調が変わったことよりもその台詞の内容の方に驚いて今度は私の方が半助さんを見た。
「何か?」
私の視線に気付いた半助さんが軽く首を傾げる。
「……あの、もう少し疑った方がいいのでは?」
「あなたを? フッ」
ドクタケ忍者の言う事なんて疑うに越したことはないのにあっさりと信用を示した半助さんに進言すれば、彼はおかしそうに笑う。あーハイハイ、やっぱり私の正体なんてお見通しなんですね。そうなんですね。ドクタケ忍者として対面してなお信頼を寄せられるという事は、ある意味私の任務がこれ以上なく成功を収めていたことを意味する。……けれど、今はそれがちょっとだけ苦しい。少しくらい疑ってくれた方が騙すことにも心が痛まないのに。もしそんな感情までを読んで上で信用を示してくれているのだとしたら、やはり土井半助は恐ろしい男である。……まあ、騙す騙さない以前に私がドクタケ忍者隊のくのいちだということはすっかりバレてしまっているようだが。半助さんははっきりと口にして確認してこないが、その態度はどう見ても普通のドクタケ忍者に対するものではない。
それにしてもあの三人組、一体どこへ行ってしまったというのだろう。いくらなんでもあの場所から道に迷ったとは思えないし、そうなると何か他の事件にでも巻き込まれたのだろうか。今のところ手がかりはなく、ともすれば最後に子どもたちと別れた所から町までの道を辿って地道に情報を手に入れるしかない。目撃情報があればいいのだが……。
そんなことを考えていた、その時のことだった。
「つば鬼先生、ちょっと……」
「魔界之小路先生?」
物陰から名前を呼ばれて振り返る。そこにいたのはドクタケ忍術教室の講師、魔界之小路先生だった。どうしてこのようなところにいるのだろう。「ちょっと失礼」と半助さんに言い、魔界之先生の元まで行く。「どうしたんですか?」と尋ねれば、魔界之先生は「実は……」と声を潜めて口を開いた。
「こんな物がドクタケに届いたんだ」
「これは……!」
魔界之先生が差し出してきたのは一枚の紙。それは手紙だった。細く折り畳まれた跡があるからおそらく矢文だったのだろう。中にはこんなことが書かれていた。
"ドクタケ忍術教室の生徒を三人預かった。無事に返してほしくば、ドクタケが手に入れたという新しい武器の設計図を渡せ。引き渡し場所は別紙の地図を参照されたし。なお、ドクタケから取引場所に寄越して良いのは一名とする。もしこの指示を守らなければ生徒たちの命は無いものと思え"
紛うことなき脅迫状である。忍術学園の忍たまのこともあるというのに、こんな時に限って……!
「この手紙はいつ届いたんですか?」
「今朝です」
舌打ちしたい衝動に駆られつつなるべく平静を装って尋ねると、魔界之先生からも思いの他落ち着いた声が返ってくる。それでも私のピリピリしている様子が伝わったのか、魔界之先生は苦笑した。
「つば鬼先生、落ち着いてください。ドクたまたちは無事です」
「無事……?」
脅迫状を送りつけてくるような輩に捕まっているのに無事とはどういうことだろう。訝しく思いつつも深呼吸をし、心を落ち着けて魔界之先生の言葉を待つ。そう、忍びたるものいつ何時も冷静さを欠いてはいけない。
「子どもたちなら、つい先程みんなで仲良くお昼ご飯を食べていましたよ」
「……みんなドクタケの敷地内にいるということですか?」
私は首を傾げた。
「ええ、この目できちんと確認しました」
魔界之先生がしっかりと頷く。
「それならこの手紙は……?」
私は眉を寄せて魔界之先生の持っている手紙を見つめた。
「さあ、いたずらか、あるいは何かの手違いか、いずれにせよ、八方斎様はドクたまたちが無事ならば放っておいて良いだろうとのことだ」
告げる魔界之先生は呑気な様子だが、私はどうしてもまだ何かが引っ掛かる。
「…………あ」
ほんの少しの間考えて、私ははっとした。
「魔界之先生! ちょっとその手紙貸して下さい!」
「はいどうぞ……って、え? つば鬼先生!?」
「すみません! この手紙暫くお借りします!」
手紙を受け取った私はそのまま走り出した。パートの受け付けの仕事は他にも人員がいるので大丈夫だろう。半助さんのことは……まあ後だ。
「八方斎様!」
「……つば鬼か。どうした」
私が訪ねたのはドクタケ忍者隊の首領稗田八方斎様の所だった。後ろから声を掛けられた八方斎様はゆっくりとこちらを振り返る。私は彼の前でさっと片膝をついた。
「八方斎様にお願いしたいことがございます」
「お願い? なんだ、申してみよ」
本当にこの方も身内にはとことん甘いなと思う。部下が失敗すれば当然怒りはするが、決して見捨てはしない所に彼の度量を見る。私は存外この人が嫌いではない。こう見えて、なかなか実力があるのも私は知っている。ただ、どうしても毎回忍術学園がその上をいくためになかなか結果が出ないのだ。
「この文についてです」
私が差し出したのは魔界之先生から借りてきた脅迫状だった。
「その文は……。ドクたまの無事なら確認されたはずだが?」
八方斎様は脅迫状を手に取ることはせず、視線だけをこちらに向けて言う。
「はい。しかしこの文について少々気になることがあるのです。今から私に調べさせていただけないでしょうか?」
なるべく固い声で伺いを立てる。その方が重要なことのように聞こえるからだ。ふむ、と八方斎様は唸った。
「……良いだろう。ただし、あとで報告書を提出するように」
「はっ。ありがとう存じます」
ドクタケ城を出てなるべく人目につかない森の中を走り抜ける。少し離れてつけられている気配を感じるのは半助さんのものだろう。撒くべきかどうか考えたが、結局そのままつけさせることにした。脅迫状にはドクタケから送って良い人間は一人だけと書いてあったが、どう考えても敵方は一人ではないだろうし、それに半助さんはドクタケの人間ではない。揚げ足とか知らない。使える人間が多いに越したことはないだろう。
本物のドクたまたちが無事であることから考えれば、敵方の捕えているドクたまが本物ではないことは明らかであるが、だからといって放置することのできる話ではなかった。何故なら私には“偽物のドクたま”に心当たりがあるからだ。それは昨日、私が逃がした忍たまの三人組である。あの子たちにはドクタケから無事逃がすためにドクたまの変装をさせた。彼らはおそらく途中で着替えることなく町まで向かったのだろう。そんな忍たまたちを見事ドクたまだと勘違いした敵方が捕えていたとしたら……。本物のドクたまたちを知っており、変装を施した私自身でさえ会心の仕上がりだと思ったのだ。本物のドクたまを良く知らない敵方にはあの三人組が忍術学園の忍たまだとは分からないだろう。
忍たまを無事に帰そうと思ったが故の行動がこのような事件につながるとは……。戦の準備中であり、しかも新しい武器を制作している中、ドクたまの子どもたちが狙われる可能性があるのを忘れていた自分に腹が立つ。そして、新しい武器の存在が外部に漏れているというドクタケの情報管理の緩さにもだ。この城、今の所給料も福利厚生も最高だが、将来的に大丈夫なんだろうか。まじめに転職を考えるべきかもしれない。そんなことを考えながら、私は脅迫状で指定された場所までの道を急いだ。