突然ではあるが、私の勤めるドクタケ城から一時帰還命令が出された。このままいけばおそらく忍術学園の休みの日と被るので甘味処の方が気掛かりといえば気掛かりであるが、リーマンくのいちの私は上の命令に従うしかない。故郷の母が倒れたと言い――まったくの嘘という訳でもない――甘味処からは休みをとって私はドクタケ城に戻ってきていた。
どうやらうちの城はまた戦を始めるつもりらしい。なんでも強力な火器の設計図を手に入れたらしく、勝算があるのだとか。私はその戦で使う火薬作りのパートのおば様方を指導するために呼び戻されたらしい。女性をまとめるなら女性がいいのではないかということだが、小娘が指導役ではナメられるだけだと思う。イケメンが指導を行う方がおば様方の仕事をする意欲も上がると思うのだが、如何せんうちの城にはイケメンがいない。……という訳で、仕方がないので私がイケメンに変装することにした。制服の一部なのでサングラスはかけているが、イケメンオーラはばっちりである。
「パート希望者の方はこちらでーす」
キャー、イケメンよー!あたし貴方の為に働くわ! 等々のパートのおば様方の声を聴きながら、私は自分の考えが間違っていなかったことを確信する。
「ありがとうございます。働く女性って素敵ですよね」
言えば黄色い悲鳴を上げて、けれどもイケメンに良く思われたいが為にすぐに黙々と働くおば様方。私は時々わざとサングラスを外して汗を拭うフリをするというサービスショットを提供しながら、おば様方の働く意欲を向上させるのに貢献した。
その手のひらで踊ってやるよ
忍術学園の忍たまを三人ドクタケ忍者隊が捕えた。そんな情報が私の耳に入ったのはちょうど忍術学園が休みに入った日であった。一体誰が捕えられたのかと事に詳しい先輩に尋ねれば、いつもの三人組だと教えてくれる。ドクタケにおけるいつもの三人組ということは、乱太郎君ときり丸君としんべヱ君か……。私はあらゆる意味で頭を抱えたくなるのを堪えて更に詳細を聞き出す。どうも子どもたちはひょんなことからドクタケが戦を始めようとしていること、そして新しい火器の設計図を手に入れたことを知ってしまったらしい。情報の流出を防ぐために――おそらく理由はそれだけではなく、私怨もあるだろう――彼らを捕まえたようだが、あの子たちか知ってしまうことができるくらいのことなら忍術学園の教師たちが気付かないはずがないし、そもそもパートのおば様方を城に集めている時点で勘の良い人ならばドクタケが何をしようとしているのか分かるはずである。つまり、忍術学園の忍たまたちをドクタケで捕えておくことはドクタケにとってほとんど利益がない上に、忍術学園から攻め込まれるかもしれないというリスクを負うことになるのである。まったくもって馬鹿らしい。忍たまの三人組は今は牢屋に閉じ込められているということだったので、私は頭の中にドクタケ城の牢の設計を思い浮かべて彼らを逃がす計画を立てた。たぶん大丈夫だとは思うけれど、失敗したら長期任務を言い訳にしよう。
天井裏を移動して牢のある場所まで辿り着く。何故このような面倒な方法をとるかといえば、自分の勤める城とはいえ理由なく牢に行けば怪しまれるからだ。というかこの天井裏、何度か何者かに侵入された形跡があるな……流石ドクタケ城、我が勤務先ながら警備はゆるっゆるである。ご丁寧に天井の一部が外せるようにまでなっていたので、私は天井板をほんの少しだけ開いて牢の様子を覗き見る。いくつか牢が並んでいるうちの一番入口に近い所に例の忍たま三人は捕えられていた。耳を澄ませば何やら会話が聞こえてくる。
「僕たちどうなっちゃうんだろう……」
「私たちは土井先生の家に向かう途中だったし、きっと先生が気付いて助けに来てくれるよ」
落ち込むしんべヱ君を慰めるように乱太郎君が言う。ほら、言わんこっちゃない。"先生"は間違いなく忍たまたちを助けに来るだろう。
「はぁ……おなかすいたなぁ」
心細そうにしんべヱ君が呟く。そんなことだろうと思って用意してきた握り飯の包を抱えて、私は彼らの前に降り立った。
「握り飯でよかったら食べる?」
「「「うわぁっ、もがっ……」」」
突然現れた私に驚いて悲鳴をあげそうになった忍たまたち。私は慌てて牢の格子の隙間から彼らの口に握り飯を放り投げて突っ込み、彼らを黙らせる。ふー、ストライク!
「少し静かにしててね」
人差し指を口元に当ててにっこりと微笑めば、彼らは口に握り飯を咥えたままこくこくと頷いた。ちなみに、この子たちには元の姿を知られているので、私は現在イケメンに変装したままな上にサングラスをかけて彼らと対峙している。
私は管理室から失敬してきた牢のスペアキーで彼らの牢の鍵を開けた。
「ほら、逃がしてあげるからこれに着替えなさい」
そう言って差し出したのはドクたま教室の子どもたちの制服だ。私は時々ではあるがドクたま教室の講師もやっている。なので彼らの制服と同じものを用意するのは造作ないことなのだ。捕まった忍たまに対してドクたまにもちょうど男の子が三人いるし、これを着ていれば城内で他のドクタケ忍者と出くわしてもある程度誤魔化せるだろう。
忍たまの三人が着替え終わるのを待って、よりドクたまらしく見えるように変装を施し、最後に赤いサングラスをかけさせようとすると、戸惑うような視線が忍たまたちから向けられていた。
「お兄さんドクタケの人だよね? なんで助けてくれるの?」
そう首を傾げたのはしんべヱ君。
「そういえば見かけたことのないドクタケ忍者だよなぁ」
むむむっと唸りながらきり丸君が言う。
「もしかしてドクタケに忍び込んでいるスパイ……!」
きり丸君の言葉を受けて、乱太郎君がはっとしたような顔をする。うーん、でも残念ながら私は今の所正真正銘のドクタケ忍者なんだよなぁ。私は苦笑した。という存在は未だドクタケの外部には隠されている。それは、ドクタケにくのいちはいない、というイメージを残しておくことによって私というくのいちの有用性が増すからだ。ドクタケにくのいちがいることを外部に知られなければ、私がどこに忍び込んだところで誰もドクタケ忍者隊の一員だとは思わないだろう。だから"ドクタケの新人くのいち"である私の存在を忍たまの三人が知らないのは当然でもあるのだ。しかし、だからといってその事実をこの子たちに伝える訳にもいかない。私は「まあそんなものかな」と曖昧に答えて、なぜか目を輝かせる子どもたちに牢から出るよう促した。
「それじゃあ気を付けて帰るんだよ」
城を少し離れた所まで忍たまの三人組を送る。まだ日も高い。ここまで来れば帰り道に迷うということもないだろう。幸い誰とも遭遇せずにここまで来ることができたのでほっと一安心だ。ドクタケに没収されていた荷物を返してやり、握り飯も持たせてやって私は子どもたちにひらひらと手を振った。
「「「はぁーい! ありがとうございましたー!」」」
先程まで牢に捕らわれていたとは思えないほど元気に返事をくれる子どもたちに、僅かに頬が緩む。願わくばこのまま真っ直ぐに育ってほしいものだ。
「あ、あの」
そしていよいよお別れだという段階になって、遠慮がちに私に話しかける声があった。乱太郎君だ。
「なに?」
「ドクタケはやはり戦をするつもりなんでしょうか」
首を傾げてみせれば、子どもが浮かべるには真剣すぎるくらいの表情で乱太郎君は私に尋ねてくる。どうやら彼の中での私の設定はドクタケ城を偵察している間諜だというもので確定されてしまったらしい。しかし、私は一応ドクタケの人間なので自分の城が不利になるようなことは言えない。
「……どうかな。たとえ戦を企てていたとして、実行まで至れるかは怪しいと思うよ」
どう答えたものかとか迷った末に口にした言葉は、私の見解そのものだった。
「どうしてですか?」
よく分からない、というように乱太郎君は問う。
「どうしてだと思う?」
私は逆に尋ね返してみた。ただ答えを口にするのは容易い。けれど、物事を考える癖をつけておくというのは大事なことだ。
「……ドクタケが悪者だからですか?」
少しの間考え込む素振りを見せて、乱太郎君は自分の考えを述べた。なかなか鋭い答えだと思う。
「惜しい。でも、その答えが出るということは、本当はなんとなく分かってるんだろうね」
乱太郎君がどのような思考を経てその答えを出したのかは知らない。けれど、私は乱太郎君の答えの中に、限りなく彼が正解に近付いているのだという痕跡を見た気がした。だって、普通なら、ドクタケが戦をできなくなるという事とドクタケが悪者だという事の間に関係性なんて見付けられない。悪者だとどうして戦が出来なくなるのか。そのあと一歩が、おそらくこの子には足りなかったのだ。
「じゃあ、何が正解なんですか?」
私たちのやりとりを黙って見ていたきり丸君が問う。私はにっこりと微笑んだ。
「それはね、君たちが忍術学園の忍たまだからだよ」
「あの、よく分かりません」
答えれば即座にそんな返事が返ってきて私は笑ってしまう。
「分からなくていいんだ、今は。いつか大人になった時、きっと君たちにも分かる日が来るよ」
忍術学園と関わるたびにドクタケが酷い目に遭うのは何故か。それは忍術学園がドクタケを懲らしめるからである。そしてドクタケが何故懲らしめられることになるかといえば、それはドクタケが世間一般的にあまり良いとは言えない行動をとっている、つまりは悪者だからだ。悪いことをすれば必ずしっぺ返しがある。悪者を倒すことによって忍たまは善悪を学び、正義感を養い、実力を身に付けていくだろう。絶対的に悪であるドクタケは、忍術学園にとって最高の実習教材に違いない。
しかしまだ、それを子どもたちが知る必要はない。人に教える立場になれば、子を育てる立場になれば、立派な先生の元で学んでいた彼らならばきっといつか自分で気付ける日が来るから。
「……ほら、もうお帰り。きっと先生が心配しているよ」
そう言って、今度こそ私は忍たまたちが帰っていく姿を見送った。