その手のひらで踊ってやるよ
私と子どもたちとで一通り事の経緯をなんとか説明し終えると、それにしても、と土井半助はどこか笑いを含んだ様子で切り出した。
「ずいぶんと勇猛果敢なお嬢さんだ。大の男三人に一人で立ち向かうつもりだったんですか?」
手のひらで口を覆い隠した彼の瞳は確かに笑っていたが、眉は少し困ったように下がっており、よく見ればそれは苦笑いだと知れる。
「私はただ子どもたちだけは逃がさなきゃと必死だっただけで……」
笑われるようなことではないと思うのだけど。僅かに困惑して見上げると彼は笑みを引っ込めて、失礼、と真面目な表情を作った。
「でも、たまたま私が通りかかったから良かったものの、下手をすれば命を落としていた可能性だってあったんですよ」
その言葉を聞いて私は納得した。なるほど、彼には私が何の力も持たないのに悪漢三人に立ち向かおうとした無謀な女に見えたのだろう。彼は口にはしなかったけれど、女の身であれば死ぬより辛い仕打ちを受ける可能性だってある。というか、先程の状況はどう考えてもそういう流れだった。
「すみません……」
一人でも乗り切れる自信は十分過ぎるくらいにあった。それでも子どもに言い聞かせるかのように心から心配して諭されれば、私は神妙に謝罪してみせるしかない。そして、ああこの人は"先生"なんだなぁと思う。私もくのたま時代は時たまこうして先生からお説教をもらったものだ。学年が上がるにつれてそんな機会も無くなってしまっていったけれど。
懐かしさにほんの少ししんみりしていると、私が落ち込んでいるとでも勘違いしたのか彼は慌て出した。
「責めているわけではないんです。子どもたちを守ろうとしてくれたこと、感謝しています」
「そんな、結局私は何も……」
私は一応助けられた身である。それに、か弱い一人の女として扱われることはけして悪いことではない。私は私の正体を彼に悟られてはいけないのだから。
「けれど、あなたが咄嗟にしんベエを庇おうとしてくれたからこそ、子どもたちは怪我をせずに済んだんだと思います」
ここで再び謙遜してみせても良かったが、キリがなくなりそうだったので私は無言ではにかむに留めた。そうしながら、一体どこから見ていたんだろうとぼんやり考える。私がしんベエ君を庇おうと悪漢たちに謝罪していたところを見ていたのだとすれば、随分と最初の方から一連のやり取りを見ていたことになる。遠目に子どもたちを見付けていて、雲行きが怪しそうだったから慌てて駆けつけてきたといったところだろうか。
そんなことを考えていると、くいくいと着物の袖を引っ張られる気配があった。
「あの、さん……」
「なぁに?」
ハの字眉毛をこれでもかというくらい下げて、しんベエ君が申し訳なさそうに私の名前を呼ぶ。乱太郎君ときり丸君までもがうなだれた様子でいるのでどうしたのだろうと私は内心首を捻った。
「その……さんの事助けられなくてごめんなさい!」
「「ごめんなさい!」」
泣きそうな声で紡ぎだされたしんべヱ君の謝罪の言葉に、乱太郎君ときり丸君の声が続く。
私は目を見開いた。一瞬、なぜ彼らから謝られたのか分からなかったからだ。だが、僕たちさんの護衛だったのに……というしんべヱ君の呟きでその答えに思い至る。そうか、私からすればまだ彼らは幼い子どもで庇護の対象であるけれど、彼らは男の子で、"忍たま"なのだ。たとえば、もしあの時土井半助が現れず、私自身もまた子どもたちを守ることができなかったとしたら、私は後悔なんて言う言葉では足りないくらい自分を責めることになっただろう。だが、おそらく、彼らにとってもまた、私は庇護の対象であったのだ。この子たちにとって私は女で、一般人だから。正式ではないとはいえ護衛という依頼を受け、その責務を果たせなかったことを、この子たちはこの子たちなりに反省しているのだろう。
子どもたちの暗い表情と謝罪の意味を理解した瞬間、どうしようもない愛おしいさが込み上げてきて、私は無意識に微笑んでいた。腰を下げて彼らに視線を合わせる。
「私はちゃんとみんなに助けてもらったよ」
「え? でも」
子どもたちは怖かったに違いない。忍者の卵とはいえまだ一年生。大の男、しかも相手は複数となれば太刀打ちできないだろう。戦えなくて当然、怖くて当然であるはずなのに、この子たちはそれを恥じているのだ。恥じて、私を自分たちの手で守れなかったことを気に病んでいる。なんて分かりやすくて素直で良い子たちなのだろう。
「乱太郎君ときり丸君としんベエ君がいたから私は行きも帰りも寂しくなかったし、楽しかった。悪漢に出くわした時だって気を強く保っていられたのは三人がいてくれたからだよ」
"守る"という行為はなにも肉体にだけ及ぶものではない。楽しさや安らぎを提供し、心を守ることもまたそのひとつだと私は思う。無論プロの世界では身体の護衛が完璧であることが前提ではあるのだが、それをこの子たちに求めるのは酷だろう。まだまだ幼いのだ、忍者としての腕はこれから磨いていけばいい。
「……本当?」
「本当。三人が一緒にいてくれてよかった。ありがとう」
にっこりと笑って告げれば、子どもたちの瞳がうるうると揺れだす。そして。
「さぁん!」
「わっ……」
三人に同時に抱きつかれてよろめいたが、なんとか踏みとどまった。よしよしとそれぞれの頭を撫でながら、私は再びくのたま時代を思い出していた。あの頃もこうしてよく後輩の面倒をみたものだ。私の通っていた忍術の学園は女の子しかいなかったけれど。あの子たちは今も元気にやっているだろうか。
「子どもたちがご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いいえ、この子たちのおかげでとても楽しい時間が過ごせました」
頭を下げた土井半助に私は笑顔で返す。心からの言葉だ。彼もまた頭を下げてはいたが、子供たちを見る目はどこまでも慈愛に満ちていて、そして誇らしげだった。ふと思い付いて、私は彼に言葉を投げ掛けてみることにした。
「お子さんたちを本当に大切にされてるんですね」
「いえ、この子たちは私の子ではなくて……」
どう説明したものか、と頭を掻く彼に思わず笑みが漏れる。
「ふふ、先程助けていただいたとき、先生って呼ばれてましたものね」
私の言葉に彼はあっと声をあげた。
「分かってて言いましたね!?」
「すみません」
私はくすくすと笑ってみせた。
彼は参ったなというような、それでいて仕方ないなぁというような顔で無言で子どもたちを見やった。ほら、お前たちが先生なんて呼ぶから。
子どもたちもまた言葉なく目だけで、すみませぇん……と彼に返しているものだから、私は今度は気付かないフリをしながら笑いを堪えるのに必死だった。
「先生はどんなことを教えていらっしゃるんですか?」
「読み書きなど簡単なことですよ。……あと、名乗り遅れましたが私の名前は土井半助といいます」
私に先生と呼ばれたことがむず痒かったらしく、彼はやや照れたように名乗った。当然忍術を教えているなどとは口にしない。私は微笑む。
「半助さんですね。私はと申します。重ね重ね、危ないところをありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げれば、一瞬慌てたような気配がして、それからそっと両肩に手が添えられた。
「さん。今回の件はお互い様です、どうぞ顔を上げてください」
相手の感情を読み取ろうとしているのがあえて伝わるように目を合わせて、私は顔を上げる。このとき若干上目遣いになるのは仕様だ。はたして効果はあったのか、半助さんはコホンと咳払いをひとつ。
「もう辺りも暗い。家までお送りしましょう」
「そこまでご迷惑をお掛けするわけには……」
ここで躊躇ってみせたのは相手が引かないことを確信しているからこそだ。少し話しただけだがすぐ分かる。この男は優しく真面目で誠実だ。ここではいそうですかと帰ったりはしないだろう。案の定。
「先程私が言ったことを忘れてしまいましたか? 夜道の女性の一人歩きは危険ですよ。素直に私に送られて下さい」
真剣な顔にはどこか男の人らしい色気があってどきりとしてしまう。任務を言い付けられたときから分かっていたことだが、最初の想定以上に難しい任務になりそうだ。それは忍びとしての、女としての予感。
「……それでは、お言葉に甘えて」
苦い気持ちが表に出ないように細心の注意を払って、私は微笑んだ。
半助さんの長屋の方が居た場所から近かったので、先に子どもたちをそちらに帰してから私たちは二人並んで私の家――無論任務のための仮住まいである――までの道程を歩いていた。
他愛のないやりとりを交わしていると、ふと半助さんが立ち止まった。
「先程はありがとうございました」
「?」
突然の感謝の言葉に私はきょとんと首を傾げた。
「子どもたちを励ましてくれたことです」
私が本気で何を感謝されているのか分からなかったことが伝わったらしく、半助さんは言葉を付け加える。
ああ、と私は笑った。
「お互い様、なんでしょう?」
「ははっ、そうでしたね」
先程私が感謝の言葉を伝えたときにそう言ったのは半助さんの方だ。それに、私はあの子たちをわざわざ励まそうと思ってああ言ったのではない。思ったことを、ただ口にしただけ。もっと言えば半助さんに感謝してもらうようなことでもなかったが、それはきっと私と子どもたちを悪漢から守ってくれた彼にも言えることなのだろう。それでもありがとうと言わずにはいられないのはそれこそお互い様だ。この人と話していると、まるで春の陽だまりの中にいるかのように心がほっこりと温かくなる。彼の勤める学園をドクタケが敵視していなければよかったのになぁ。……いくら願ったところで現実は変わらない。私はドクタケ忍者隊のくのいちで、彼は忍術学園の教師だ。そしてドクタケは忍術学園を目の敵にし、いつか潰してやろうと虎視眈々と狙っている。私はドクタケ忍者隊に属している限り、その命令に従わなくてはいけない。
「半助さん、甘いものはお好きですか?」
「? ええ、それなりに」
私の問いかけに穏やかに答える声はどこまでも心地良い。
「私、この前できたばかりの甘味処で働いているんです。よろしければ今度子どもたちも連れて食べに来てください。サービスしますから」
そう言って微笑みを浮かべると、彼も笑った。
「……ありがとうございます、是非」