まったく、なんと不合理な制服だろう。自らの身を包む真っ赤な忍び装束を身下して、私は溜息を吐いた。忍び装束とは本来夜闇に身を隠すために纏うもの。色としては黒や紺など、暗い色が理想とされる。それなのにうちの城の制服ときたら……。こんな有毒生物のように自らを主張するような色、私は決して忍び装束とは認めない。しかもこれに合わせて支給されたサングラスは視界までを赤く染め、装着者の集中力を削ぐ。赤には人の神経を昂ぶらせる効果があるのをこの城の者は知らないのだろうか。人相を隠す効果は評価するが、どうせなら黒か茶色、せめて集中力を高める緑にすれば良かったのに。制服に対する不満は多々あれど、この城に勤め始めて数か月しか経っていない下っ端も下っ端な私は口にしない。それよりも、今は"昼"に身を隠すため、私は質素な小袖に素早く着替えて道を歩き出した。



その手のひらで踊ってやるよ




「いらっしゃいませ」
 萌黄の小袖に白い前掛けをして微笑む。ドクタケ首領稗田八方斎様から任務を言い渡されてから数日、私は忍術学園から一番近い町の甘味処でアルバイトをしていた。新しくできたばかりのお店で、ちょうど従業員を募集していたのだ。給料は高くないが、ただ町に溶け込むことを目的としている私には問題無い。こうして町で働いている間もドクタケからの給金は発生しているので、思わぬ副収入にむしろ喜んでいるほどである。ここは忍術学園から一番近い町。ここで働いていれば、いつか忍術学園の関係者が訪れることもあるだろう。人はおいしいものを食べて満たされたとき、気を抜いてぽろっと重要なことを喋ってしまうものだ。急いては事を仕損じる。どうせ城にいても大した仕事はさせてもらえないのだ。私は私のペースでゆっくりと任務をこなせばいい。
「店員さーん、お団子三つ! あとお茶も!」
「はい、ただいま」
 店が開店したばかりなのでぼんやりとしていたところ、朝一番に訪れたのは三人組の子供だった。年は十ほどだろうか。色素の薄いふわふわの髪をした眼鏡をかけた子と、やや青みがかって見える黒髪を結い上げた利発そうな子、それから、ふたりより幾分か身長の低いハの字眉毛のふっくらした子。ハの字眉毛の子が注文をすると、三人は店先の空いている席に並んで座った。
「この店のお団子、すっごくおいしいんだって〜」
「相変わらずしんべヱは食べ物に関する情報が早いねぇ」
 ハの字眉毛の子がそう切り出すと、メガネの子は感心したような、それでいてどこか呆れたような表情で言う。けれどそんなことなど気にした様子もなく、"しんべヱ"と呼ばれたハの字眉毛の子は朗らかに笑った。
「えへへ。おシゲちゃんに教えてもらったんだ」
「くのいち教室の女の子たちも甘いものに関する情報は早いからなぁ」
 青みがかった黒髪を結い上げた子が頭の後ろで手を組みながら言った。おや、"くのいち教室"の女の子……? 店主が三人分のお団子をこしらえている間、私はお茶を用意しながら彼らの会話に耳を傾ける。もしかして、彼らは忍術学園の生徒なのではないだろうか? そういえば事前に集めた情報の中で、忍たまの一年生にしんべヱという子がいるというものがあったな。
「女の子は甘いものが好きだからねぇ」
 眼鏡の子が相槌を打つ。そのタイミングでちょうどお団子が出来上がり、私は彼らのもとにお団子とお茶を運んだ。
「お待たせいたしました」
 小粒の玉が五つならんだみたらし団子。注文を受けてから炭火で焼きあげた団子には、キラキラと輝く醤油の甘辛い餡が掛かっている。ほっこりと湯気をたてる団子からは、焼けた団子とみたらし餡の混ざった香ばしい香りが漂っていた。たまらず、というようにまずはしんべヱ君がお団子に齧り付く。
「いっただきまーす! ……うーん、おいしい!」
 へにょり、と幸せそうに表情を崩す様子に、なんだかこちらまで幸せになって微笑んでしまう。おいしそうに食べてくれて何よりだ。
「ほんとだー! 甘辛さが絶妙ですっごくおいしいー!」
「この一粒一粒が小さいあたりもいくらでも食べられそうで憎いなー。いやぁ、商売上手だなぁ……」
「もう、きり丸ったら」
 商人のような視点でお団子の評価をする青みがかった黒髪の子に、眼鏡の子が苦笑した。なるほど、あの子が"きり丸"君か。これで確信できた。この子たちは間違いなく忍術学園の忍たまだ。
「おねえさーん、お団子追加―!」
「はい。お口に合いましたか?」
 しんべヱ君の注文を受けて、私はさっと彼らの傍に寄る。お盆を手に首を傾げてみせれば、しんべヱ君は大きく頷いた。
「うん! とってもおいしいよ!」
「ふふ、ありがとうございます。店主にも伝えておきますね」
 お団子を作ったのは私ではないが、働いているお店のものを褒めてもらえるというのはなんだか嬉しい。店の商品への誇らしさと忍術学園の情報を手に入れる足掛かりを掴んだ喜びに、私は微笑んだ。



 あの日以来、忍たま三人組は本当によくうちの甘味処に通ってくれるようになった。そんなある日のことだった。
、悪いが今日はこれを彦右衛門さんのところにこれを届けてもらえないか?」
 店主が風呂敷包み片手にそう頼んできたのだ。
「ああ、今泉さんですね。分かりました」
 今泉さんとは、隣町にある薬や武器を扱う大商家だ。そこの主人である彦右衛門さんは有名な茶人でもあり、ひょんなことからうちの店を知って以来贔屓にしてくれている。今泉さんはうちの店のパトロンのような立場でもあるので、店主はこうしてときどき新作を今泉さんに届けているのだ。今出発すれば、日が落ちる前には帰ってこれるだろう。
さんお出かけしちゃうの?」
 前掛けを外してたたみ、店を出る準備をしていると、しんべヱ君がハの字眉毛をさらに下げて尋ねてきた。
「うん、お使い頼まれちゃったからね」
 苦笑いしながら答えると、ええ〜っ、としんべヱ君が残念そうな声を出す。おいしい甘味処の店員さんというポジションがよかったのだろう、随分と懐いてくれたものだ。
「どこまで行かれるんですか?」
 そんな私たちのやり取りを見ていた乱太郎君が首を傾げて尋ねる。隣町よ、と答えるとしょんぼりしていたしんべヱ君がぱっと顔を上げた!
「それじゃあさん! 僕たちが隣町まで護衛してあげるよ!」
「護衛?」
 しんべヱ君の言葉に、私はきょとんと首を傾げた。ここから比較的近い隣町であるし、道程はきちんと舗装されている。そうそう危険なことはないはずだが……。
「そうそう! 女の人がひとりで出歩くのは危険だからね!」
 キリリとした表情を作って言うしんべヱ君。「まぁ確かに」とやけに真面目くさった顔で同意する乱太郎君と、「えー、タダで護衛すんのー!?」と不満そうなきり丸君。なるほど、これは私の護衛が本当の目的という訳ではなさそうだな。思いつつも、その微笑ましさに私はくすりと笑う。しょうがない、実際なにかあったとしても、忍たま三人くらいなら私の手で守れるだろう。
「帰ってくるのは遅くなると思うけど、おうちの人は心配しない?」
「大丈夫! 僕たちは今夜は土井先生の家に泊まるから!」
 念のため尋ねると、しんべヱ君が元気よくそう返事をした。ほう、土井"先生"、ね……?
「土井先生……?」
「うん! 土井先生は僕たち一年は組の教科担当の先生で」
「こら、しんべヱ……!」
「あっ」
 つついてみれば案の定。どうやら土井先生とやらは彼らの担任のようだ。乱太郎君の咎める声にはっとしたように両手で口を押えたしんべヱ君。私は何も聞こえなかったふりをして、よく分からないというようににこにこと微笑むだけだった。



 子どもたちのペースに合わせたため予定よりもだいぶ遅くなってしまったはものの、大きなトラブルもなく私たちは元居た町まで帰ってきていた。日はすっかり沈んでしまっている。
「はぁー、疲れたぁー」
 よろよろと歩いているしんべヱ君が溜息を吐きながら言う。どうやらこの子は体を動かすのがあまり得意ではないらしい。
「遅くまでごめんね。今度お団子ご馳走するから」
「ご馳走ぅ!? タダ!? タダぁ!?」
 苦笑いしながら声を掛けると、反応したのはきり丸君の方だった。目が小銭になっている。
「きりちゃん……」
 乱太郎君が苦笑した、そのときだった。それまでよろよろと歩いていたしんべヱ君がどんっ、と誰かにぶつかった。
「わ、わぁっ、ごめんなさい!」
 咄嗟に謝るしんべヱ君。普通ならば、相手も「気にしないで」なんて言ってその場を去っていくところだろう。しかし、時間帯のせいもあってかぶつかった相手が悪かった。ぶつかったのはならず者らしい三人組の男のうちのひとりで、とりわけ体の大きい人物だった。
「なんだぁ? このクソガキ」
 しんべヱ君がぶつかった大男がしんべヱ君の腕を掴みあげる。私は慌てて前に進み出た。
「も、申し訳ありません! まだほんの子供です、どうかご容赦を……」
「ふん、ごめんで済んだら……お? なんだ、えらく別嬪じゃねぇか姉ちゃん」
「え……?」
 掴んでいたしんべヱ君の手を放り出すと、ずい、と大男が顔を近付けてきた。思わず身を仰け反らせる。
「姉ちゃんが荒んだ俺の心を慰めてくれるっつぅなら許してやらなくもないぜ」
「ギャハハ、さっすが親分! 心が広い!」
 大男の右側にいた男がそう言っていやらしく笑った。どこがだ、と突っ込みたい衝動を抑えて私は大男を見上げる。どうやらこの男が脇に連れているふたりの親玉らしい。私は怯えたような表情を作ってみせた。
「な、慰める……?」
「おう、その身体でな!」
 教育によくないからよい子たちの前でそういったお下劣な発言はやめてほしい。
「……ごめんなさい。急ぐので」
「へっへっへっ、固いこと言うなよォ」
 私はしんべヱ君の手を掴んで僅かに後ずさった。しかし、男の手が私の腕を掴み、それを阻止する。私は不快感に顔を顰めた。絵に描いたような悪役だ。ドクタケも立派な悪役には違いないが、これはまた違った方向に典型的である。
「…………」
「なんだ姉ちゃん、怖くて声も出ないのか?」
 そうじゃない。ただどうやってあなたたちを倒そうか考えているだけ。だが、忍たまたちの前で華麗に戦ってみせるわけにもいくまい。私は彼らの前ではあくまでふつうの女性でいなければいけないのだ。私は握っていたしんべヱ君の手を離すと言った。
「乱太郎君、きり丸君、しんべヱ君、ここは私に任せて逃げなさい」
「そっ、そんなことできませんよ!」
「そうですよ! こんなやつらの所に女性をひとり残していくなんて」
さん危ないよ!」
 すかさず反論したのは乱太郎君だった。きり丸くんとしんべヱ君がそれに同意する。
「私なら大丈夫だから」
 私は彼らを安心させるように微笑む。
「で、でも……」
 躊躇う子どもたち。そもそも彼らは護衛として私の用事についてきたのだ。私はそんなこと端から期待していなかったが、役目を買って出た彼らからすれば「はい分かりました」と逃げるわけにもいかないのだろう。
「いいから、早く逃げて大人の男の人を連れてきてちょうだい」
 そう言えば、ようやく子どもたちが頷いた。
「わ、分かりました!」
 頷いた彼らにほっとする。この子たちの姿が見えなくなったなら、あとは自分でこのならず者たちを懲らしめればいい。そう思った、そのときだった。
(え……?)
 ひゅんっ、と白く細長い物体が顔の真横を通り抜けた。スコンスコンスコーンという軽快な音と共に倒れるならず者たち。地面に伏した彼らの周りには砕けた白い……これは、チョーク? 振り返ると、ひとりの男性がこちらの方に駆け寄ってくるところだった。
「おまえたち、帰りが遅いから心配したぞ!」
「「「土井先生!」」」
(土井先生……?)
 彼が? すっと伸びた背筋に、すらりとした身のこなし。意思が強そうで、それでいて温かな瞳は心配そうに子供たちを見つめている。その瞳と目が合った一瞬、呼吸をするのを忘れた。
「お怪我はありませんか?」
 子どもたちの無事を確かめたのだろう、次に差し出された手に私はっと顔を上げる。
「え、ええ……危ないところをありがとうございました」
 なんとか言葉を紡ぎだすと、ほっとしたように彼が笑った。
 それが、土井半助という男との出会いだった。



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2013.1.28