その手のひらで踊ってやるよ
「つば鬼ちゃーん! お茶ー!」
「あ、おれもおれもー!」
「はーい、ただいまっ」
ドクタケ忍者隊の詰所に男ばかりの声が響く。その中でただひとりの女子である私は、お盆にお茶を乗せてあちらへこちらへと走り、先輩方に煎れたばかりのお茶を配って回っていた。どんなに速く動き回ったってお茶を溢すなんて言うヘマはしない。
「はい、お茶です」
任務の報告書らしきものを書いていた先輩の文机にお茶を置くと、先輩はびくっと一度肩を跳ねさせてから顔を上げた。まったく、忍びが聞いて呆れる。
「うわっ、びっくりした!」
「もう、忍者なんですから気配くらい読まないと」
「あはは、つば鬼ちゃんは気配消すの上手いからなぁ」
確かにわざわざ気配を出していたわけではないが、特別気配を消していたわけでもない。けれどそんなことは口にせず、私はただにこりと笑ってみせる。
「うふふ、これでもくのいちですからね」
暗にお茶酌みなんかに使ってんじゃねーよと言っているつもりなのだがこのニブい男が気付くはずもないだろう。
「つば鬼ちゃんの煎れてくれたお茶はうまいなぁ……」
「きっと皆さんがお仕事頑張れますようにって気持ちを込めたからですね!」
女は愛嬌! リップサービスだってお手の物。だって、嫌われるよりは好かれた方が絶対得だ。でれでれと幸せそうにお茶を啜る先輩を眺めながら私は微笑んだ。
ドクタケ忍者隊の紅一点、十八歳。コードネームは“つば鬼”。これでも立派にくのいちである。……そう、自分で言うのも何だが、私はなかなか優秀なくのいちなのだ。それなのにどうしてドクタケ城――自分が勤めている城を悪く言うのはどうかと思うが、はっきり言ってドクタケ城の世間からの評判はすこぶる悪い――なんかでお茶酌み嬢のようなことをしているのかといえば、それは偏に運がなかったと言う他ないだろう。
私が杜若忍術女学園を卒業したその年、世の中は空前の就職氷河期であった。それでも、私は学園を首席で卒業するほど優秀なくのたまだったので就職先には困ることはなかったのだ。領地はどれほど広くはないが職員たちの仲が良くアットホームでかつ福利厚生がしっかりとしている城を選んで就職した。そこまではよかったのだが……。しかし、私の就職した城は私が勤め始めた僅か二年後、敵対していた城に奇襲を受けてあっさり落城した。その日私は任務で遠くの地に赴いていたのだが、情報を受けて慌てて城に戻った時には既に七日が経過しており、もう何もかもが終わっていたというわけである。
幸いというべきか、仲間の忍びたちはほとんどが生き残ったのだという。私のように任務に出ていて争いに巻き込まれなかった者もいるし、そもそも私の勤めていた城の忍びはもっぱら諜報としての忍びばかりで、戦闘要員としては数えられていなかった。仲間は自身の力量を推し量れる頭の良い者ばかりであったし、早々に見切りをつけたことだろう。仲間たちが生きていてくれたことは純粋に嬉しい。しかし、城がひとつ落城し、尚且つ生き残った者が多かったために再就職は困難を極めた。忍者歴の長いベテランの先輩方は早々に再就職先を決めたが、プロ忍者になって二年を過ぎたばかりのヒヨっ子で、尚且つ女であった私はなかなか就職先が見つからず、結局、半年は派遣くのいちとして生計を立てることとなった。派遣のくのいちというのは非常に不安定である。どこか常勤のくのいちをして雇ってくれる城はないかと探していた折、ドクタケの採用募集を見つけたのだ。ドクタケの良い噂は聞かなかったが、背に腹は代えられなかった。なにせドクタケはお給料も福利厚生もすごく良い。私には故郷に残してきた母がいる。病弱ながらも女手ひとつで育ててくれて、くのいちの養成学校にまで通わせてくれた母だ。そんな母は近頃とみに体の調子が良くない。良いお医者様にかかり、薬を買うためにはお金が必要なのだ。ドクタケは城としての評判が悪いためくのいちたちからは人気がなく、卒業した学園の成績証明書と簡単な実技のテストだけであっさりと採用が決まった。ドクタケの人たちは存外気のいい人たちばかりで、新人である私を可愛がってくれる。可愛がられすぎてアイドルのような扱いを受けるため、実力を正当に評価されていないようでいささか不満といえば不満だ。普段私が与えられる仕事と言えば掃除に洗濯、書類整理にお茶酌みと事務員の子でもできるようなことばかり。しかしながら給料はくのいちとしての金額を十分にもらえているので、よしとするしかないだろう。
そんなこんなで私がドクタケ城に勤め始めて三か月ほど経ち、職場に馴染んできた頃、ドクタケ忍者隊首領の稗田八方斎様から呼び出しがあった。うむ、今日も今日とて立派な悪役顔だ。
「どうだつば鬼、ドクタケには慣れてきたか」
「はい、みなさんよくしてくださいます」
「そうかそうか、それならよかった。……ところでつば鬼、今日お前を呼び出したのは他でもない」
首領の前で片膝をつき、首を垂れた私は粛々と答える。首領は満足げに頷いた。そうしてから、キリリと表情を真剣なものに変える。私も真面目な顔を作って首領の言葉を待った。
「つば鬼、お前に長期任務を与える」
「はい」
応えながら、ようやくか、と思った。ドクタケに勤めてからというもの、お茶酌みや掃除ばかりさせられてきたが、杜若忍術女学園を首席で卒業した私のくのいちとしての腕前は折り紙つきである。それを採用試験の担当者であったドクタケ忍者隊首領の稗田八方斎様が知らないはずはないのだ。これからの自分の待遇のためにもこれから与えられる長期任務、心して取りかかろうと思う。
「今回言い渡す任務は、かねてよりのドクタケの悲願を達成するための重要な礎となる。当然、簡単な任務ではない。……しかしこれはつば鬼、おまえにしかできぬことだ。やってくれるな?」
「勿論でございます」
私はしっかりと頷いてみせた。首領も私を見て頷く。
「では、任務を言い渡す」
「学園の内部情報かぁ……」
“忍術学園の内部情報を手に入れよ”
学園内の見取り図に教職員のプロフィール、学園の縁者や交友関係等々を手に入れてくること。それが、ドクタケ城に勤めて初めて私がもらった長期任務の内容だった。確かに、これはなかなか厳しい任務だと思う。学園までの道程が記された地図を眺めながら、私は軽く溜息を吐いた。忍者を養成する学校というのは、忍者の中でもより優秀であろう教師たちに守られている場所である。そこに属する生徒だって各々に自分が忍者の卵だという意識があって、殊にプロデビューを目前に控えた最終学年とあらば馬鹿にはできない。私もかつてはくのいちを養成するための学園に属していたからよく分かるのだ。ましてや今回の調査対象である忍術学園といえば忍者を養成する学校の中では名門と呼ばれる学園。そんな学園の者たちがわずかなりとも学園に不利になるような情報を漏らすとは思えないが……。
忍者の集団を相手に、たったひとりで任務を遂行しなければならないことを考えて少しだけ憂鬱になる。信頼されているのか、それとも捨て駒にされているのか。前者だと信じたいが。そもそも忍者の卵を養成する学校など調べ上げて何がしたいのだろう。忍術学園とドクタケの関係があまり良くないことはもちろん知っているが、ドクタケは力を注ぐ方向を間違えているように思う。どうせなら佐武の鉄砲戦術を盗んでくるだとか、甲賀大原家の萬川集海を写してくるだとか、もっと生産的なことに力を使えばいいのに。しかしまあ、きちんと給料がもらえているうちは文句は言うまい。うちの城は優秀な人材が少ないというのもあるしなぁ。
単独任務は不安といえば不安だが、足手まといになるような先輩と組まされるよりはずっといい。女ひとりならばいくらでもやりようがあるし。……むしろ、女ひとりに任務を与えられた時点でそういうことなのだと考えなければいけないのかもしれない。ぱちん、と私は両方を叩いた。
「さてと、気合入れて頑張りますか」