「ヒューズ。会わせたいやつがいる」
唐突に、ロイ・マスタングは切り出した。
「なんだぁ〜? 新しい彼女でもできたのか?」
「そうだったら、良かったんだけどな」
俺に紹介するほど本気なのか、と茶化すように言ったヒューズに対し、ロイはどこか自嘲的な笑みを浮かべた。
ヒューズは訝しげに片眉をあげる。
「……おい。誰なんだよ」
「会えば分かるさ」
「……そうか」
ヒューズはそれ以上、何も聞かなかった。





存在証明書





「マスタングさん、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。電話で言ったとおり、客を連れてきたよ」
「はい。ちゃんとお食事できてますよ」
「ありがとう。助かるよ」
それらのやりとりを、ヒューズは唖然として眺めていた。
状況に頭が付いていかない。
何が、起こっている……?
あの、と声を掛けられたところで、ようやくヒューズははっとした。
「…………?」
「はい?」
なんでこのひとわたしの名前知ってるんだろう。
は一瞬そう思ったが、ロイが事前に教えたのだろうと思い、納得した。
「おまえ、本当になのか?」
「? そうですけど」
「だっておまえ、し」
「ヒューズ!」
ヒューズが言い掛けた言葉を遮って、ロイは鋭く声をあげた。
「マスタングさん?」
不思議そうに、は首をかしげる。
「なんでもないよ」
ロイは優しい声でそう返すと、そっとの頭を撫でた。
は一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作って口を開いた。
「わたし、食事の準備してきますね」
「ああ、頼む」
ロイとのやりとりが終わると、はヒューズに向き直って、にこりと微笑んだ。
「お客様も、どうぞゆっくりしていって下さいね」
「あ、ああ……ありがとう」
パタパタと去っていったを眺めて、ロイはほっとしたように溜息をついた。
「ロイ。あとできちんと説明しろよ」
「分かってるさ」
すぐさま問い詰めてきたヒューズに、ロイは今度は疲れたような溜息をついた。





先程の会話から想像するに、どうもヒューズさんとやらも“”を知っているようだ。
(困ったな〜……)
しつこいようだが、わたしは元々この世界の人間じゃない。
どうしたって知り合いなどいるはずがないのだ。
少しずつ、わたしは彼らの思う“”像から逃げられなくなっている気がする。
このままではいけない、と頭では思いつつも、わたしはマスタングさんに保護してもらえなければ生きていけない。
良心よりも、生きることへの貪欲さの方がずっとずっと大きかった。
(いつまで、保つかな)
この時間は永遠ではない。
きっといつか、終わりが来る。
そうなっても生きていけるように、わたしは知恵をつけなくてはいけない。
だから、たくさん勉強しているのだ。
この世界のことも、錬金術のことも。
わたしは、急がなくてはいけない。
こんなことを考えている間でも、わたしの手は忙しなく動き、食事の準備をしていた。
料理自体はすでに作ってあったから、あとは温めたり盛り付けをするだけだ。
、手伝うよ」
突然、マスタングさんがキッチンに入ってきた。
考え事をしていたわたしはいきなりのことに一瞬驚いたが、なんとか取り繕う。
「それじゃあ、ここにある料理運んでもらえますか? あと、取り皿も用意していただけると助かります」
マスタングさんに料理の準備の手伝いはさせられない。
申し訳ないとかそういうことではなく、危険なのだ。
前に一度だけ手伝ってもらったことがあるが、そのときは大変だった。
何があったかなんて、口にするのもおぞましい。
彼は相当料理が苦手なようだ。
錬金術は料理から出てきたという仮説もあるくらいだというのに、まったく世の中は不思議なものである。
まあ、人間苦手なもののひとつやふたつあるものだけど。

「はい?」
マスタングさんは料理を手に持ち、キッチンを出ようとしたところで振り返った。
「心配しなくても、だよ」
「え……?」
どういうことかと聞く間もなく、マスタングさんは微笑んでキッチンから出ていった。
残されたわたしはただ唖然と立ち尽くす。

彼は、何を知っているんだろう……?





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20080409