マスタングさんの言っていたことが気になって、わたしは錬金術について調べてみた。
「なんていうか…………魔法?」
ぼそりと思わず独り言。
化学ということらしいが、文献の内容はどう考えても魔法だった。
やたら現実味のあるこの世界にこんなものが存在するとは意外である。
だから、科学技術の発展が遅れているのだろうか。
携帯電話が使えないのはなんとも不便だ。
この世界に来たとき、制服のポケットに入れていたため唯一持ってくることができたそれを見つめて、わたしは小さくため息を吐いた。





存在証明書





、近頃熱心に図書館に通っているようだね」
「ええ、まあ、はい」
マスタング邸のリビンク。
今もわたしの目の前には何冊かの本が積み上がっている。
普通の小説や歴史書。それに錬金術の本。
一番上に乗っかっていた初心者用の簡単な錬金術の本を手にとって、マスタングさんは、ふむ、と頷いた。
「一からやり直しというのも、大変だな」
どうやら彼の知っている“わたし”は錬金術が使えたらしい。
やや苦笑い気味に言ったマスタングさんに、わたしも苦笑いを返す。
一からもなにも、そもそもそれを積み上げた記憶なんて無い。
記憶を失っているのではなく、元より存在していないのだ。
しかし例のごとく真実など告げられないわたしは、何も語らない。
「無理は、しなくていい」
「マスタングさんは、いつもそうおっしゃいますね」
そう。口癖のように、彼はいつもわたしにそう言う。
それは、わたしが彼の記憶の中の“”の像に近づく度に。
気が付かないほど、鈍くはない。
「マスタングさんは…………いえ、やっぱりいいです」
「?」
あなたはいったい、何を恐れているんですか。
聞きたいけれど、聞けなかった。
首を傾げたマスタングさんに、もう家を出ないと遅刻しちゃいますよ、と声を 掛ける。
彼はわたしが言い掛けたことを気にしつつも、素直に従って家を出た。
、今度君に会わせたいやつがいるんだ」
わたしは頷く。
マスタングさんは、わたしが他人に会うことを極端に嫌う。
わたしは彼に保護される身であったし、理由もだいたい予想がつくので何も言わなかった。
そんな状況の中、マスタングさんはわたしに会わせたい人がいるという。
よほど、マスタングさんが信頼している人間なのだろうと思った。
「……それじゃあ、いってくるよ」
わたしが頷いたことを満足そうにすると、マスタングさんはそっとわたしの髪を梳いた。
「いってらっゃい」
笑ったわたしを、マスタングさんは目を細め、眩しそうに見つめてからもう一度、行ってきます、と言った。





バッテリーが切れて、電源の入らなくなった携帯電話を眺める。
真っ暗な画面に反射して写る自分の顔。
酷く、情けない顔だった。
「はは……何やってるんだろ、わたし」
ぱちん、と携帯を閉じ、両手で握り込む。
テーブルに伏せて、額に携帯を握り込んだ手をあてた。
繋がらない電話。
繋がらない世界。
けれどそれは唯一、わたしと元の世界の繋がりを証明してくれるものだっだ。





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20080205