気が付いたときには、全身ずぶ濡れで見知らぬ場所に座り込んでいた。
「ここ、どこ……?」
ぽたり、と水滴が前髪から落ちる。
大雨の中、一瞬でも傘を手放したからだろう。
頬を伝う感覚がなんとも冷たい。
唖然としながらも周りを見渡せば、わたしが座り込んでいるのは薄暗い部屋の中だった。
やや視覚に遅れて、嗅覚が反応する。
そして、眉を寄せた。
「血の匂い……?」
鉄錆のような、なんともいえぬ匂い。
女性ならば、この匂いに覚えはあるだろう。
何気なく視線を下ろして、悲鳴をあげかけた。
もっと正しく表現するならば、驚きすぎて悲鳴にならなかった。
「な……にこれ……」
声が震える。
自分の座り込んでいる場所を中心に、魔法陣のようなものが描かれていた。
そして、その魔法陣を消すかのように、床には赤黒い血溜り。
何が起こっているのか、分からなかった。
思考が働かず、手足さえ金縛りにあったように動かせない。
ただ唖然として、虚空に視線を彷徨わせた、そのとき。

――ばんっ

音と同時に、薄暗かった部屋に光が入り込んできた。
正面を見つめて、部屋の扉が開かれたのだと気付く。
そして。
……?」
聞き慣れぬ男の声が、驚いたようにわたしの名前を紡いだ。





存在証明書





錬成陣の真ん中に、一人の少女が途方に暮れたように座り込んでいた。
名を、という。
ロイとその部下であるリザが彼女のいる部屋に駆け込んできたときも、彼女は微動だにせず、ただ座り込んだまま彼らを見上げた。
そして一言。
「だれ……?」
軍人二人は痛ましげに顔を歪ませた。
その二人の表情にもやや違いがあったのだが、気付いた者は誰一人としていないので話の方を進めよう。
まず、先に動いたのはリザだった。
に近付き、膝を折って視線を合わせる。
「私はリザ・ホークアイ、地位は少尉です。自分の状況が分かりますか?」
は首を振った。
状況? そんなものまったく分からない。
なんでわたしはこんなところにいるのだろう。
少尉という役職が軍人のものであることとか、彼女の名前が外国人のものだとか、けれど話している言葉は日本語だとか。
ほんと、訳が分からない。
「中佐……」
動きを止めていたロイは、リザに呼ばれてはっとした。
そんな彼の次の行動は、は勿論のこと彼の副官であるリザにさえ予想できないものであった。
ロイは、リザと同じように少女の傍まで歩み寄り、腰を下げたかと思うと、なんとを抱きしめたのだ。
、会いたかった……」
「え……?」
思わずぎくりと固まる。
この人、なんでわたしの名前を知ってるの……?
「もう、会えないと思っていた……」
「ええーと……あのう…………どちらさま?」
が疑問を口にしたところで、ようやくはっとしたようにロイはのことを離した。
ただし、肩は掴んだまま。
「私のことを、覚えていないのか……?」
「すみません……」
会ったことは、無いと思うんですけど……。
「まさか、記憶喪失……」
いえ、記憶はありますけど。
心の中の突っ込みなど、意味を成すはずも無く。
ロイはブツブツと呟き、やがて一人納得したような表情を浮かべた。
そして、肩を掴んでいた片方の手を背中に移し、もう片方を膝の裏に入れる。
「え? あの……」
が動揺しているのにも関わらず、ロイはそのままを抱き上げ、立ち上がった。
「ひとまず、場所を移して話そう」
「は!? ちょ、あの……!」
だから誰なんですか、あなた……!
を抱きかかえ、その場を去ったロイのあとをリザが追った。





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20080130