――むかしむかし、浦島は助けたカメに連れられて竜宮城に行きました。

たとえば現実にこんなことがあったとして、だ。
竜宮城に連れて行かれた浦島太郎はさぞかし驚いたことだろう。
カメに連れて行かれた場所は、彼の全く知らない世界だったのだから。
そしてわたしは今、そのときの浦島太郎の気持ちがよく分かる。…気がする。
なぜなら今のわたしは、そのときの彼とほぼ同じ状況にあるのだから。
「ここ、どこ…?」
つい先程までわたしは学校の近くの公園にいたはずなのに。
自分のまわりの見知らぬ風景を見つめながら、わたしはひとり呟いた。





存在証明書





そもそも、始まりからしてなにかおかしかったのだ。
その日は雨だった。
しとしとと降る雨じゃなくて、本当にざぁーっと音がするくらいの大雨。
学校の帰り道、わたしは何を思ったのかいつもとは違う道を通ることにした。
それはいつもより遠回りになる道で、大雨の中なぜそのような行動を取ったのか自分でも分からない。
それこそ運命に導かれるまま…とでもいえばいいのか。
とにかくわたしは、大雨のなかいつもとは違う道を通って自宅に帰ろうとしていた。
その帰り道には小さな神社があった。
神社といっても、それはとある公園の一角に小さな社があるだけ。
その公園から、数人の子供たちが騒ぐ声が聞こえていた。
(こんな雨の日に……元気だなぁ…)
普段なら特に気にすることもなく通り過ぎるのだが、そのときわたしは公園の前でふと足を止めたのだ。
ぴちゃ、ぴちゃ、と足元で水を踏む音がする。
わたしの足は、公園の中へと向かっていた。

ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぴちゃっ…
ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぴちゃっ…
――ぴちゃんっ

ひときわ大きな音をたてて公園の中に踏み込むと、公園の中にいたのはやはり子供。
人数は4人で、なにかを取り囲んでいるようだった。
「ギャハハ! おまえ本当にノロマなのなー!」
「ははっ、煮て食っちまおうか」
「やめとけよ、こんなの食ったら腹壊すぜー」
(………食べる?)
何のことだろうか、と首を傾げる。
とても純粋だとはいえない、悪意に満ちた子供たちの声。
気分が悪くなる。
集団のいじめかなにかだろうか。
中心に何があるかまでは見えない。
もしかしたら人ではない可能性もある、…が。
「……………」
やれやれ、とわたしは溜息をついた。
(さすがに見て見ぬフリはできないよなぁ…)
子供たちはまだわたしの存在には気付いていないようだ。
わたしは子供たちにある程度まで近付いて、口を開いた。
「ねぇ、きみたち。なにしてるの?」
子供たちのかたがびくりと揺れ、ばっとわたしの方を見る。
その表情はどこか気まずそうだった。
「な、なんでもねーよ!」
ひとりの少年が、焦ったように言った。
わたしは口元だけで笑ってみせる。
「じゃあきみたちの中心にいるその子、見せてもらってもいいかな」
ぴちゃん、と一歩前に踏み出す。
瞬間、子供たちはあとずさり、わっと叫んで一斉に逃げ出した。
ばしゃばしゃと水の上を駆ける音。
わずか数秒で、先程まではあんなにうるさかった公園が静まり返った。
「………ふうー…」
逃げていく子供たちの背中を見送って、わたしは安堵の溜息をついた。
先程まで子供たちのいた、いじめられていた子がいると思われる方を向く。
「きみ、大丈………って、ええ?!」
声を掛けかけたが、そのいじめられていた子を見た瞬間、わたしは驚きの声をあげた。
「か……カメ?!」
先程まで子供たちがいたところの中心部には、大きな大きなカメがいたのだ。
え、なんでこんな所にカメ?!
しかもかなり大きいし。
「あ〜…、どうも、こんにちは〜。助けて、いただいて、ありがとう、ございます」
「しゃ、しゃべっ…?!」
カメがしゃべった。
カメがしゃべった。
カメがしゃべった。
しかもなかなか個性的な話しかただ。
…え、ちょっ、落ち付けわたし!
カメがしゃべるわけがないじゃない。
「えー…と……さっきの子たちにきぐるみでも着せられちゃったのかな?」
サイズ的にはそれでもおかしくない。
………それにしてはなんかやたらリアルな気がするけど。
「いや〜、あの〜、ぼく、ホンモノの、カメ、ですから」
カメが答える。
………いやいや、おかしいでしょ?!
てゆうかカメが悪ガキたちにいじめられてる話聞いたことあるよ!
なにコレ!
わたし、どこかで頭打ったっけ…。
「助けて下さった、お礼に、すてきな所に、連れて行って、さしあげます」
「へ?! 竜宮城?!」
助けたカメが連れて行ってくれる場所といえば、竜宮城と相場は決まっている。
たまてばこはいらないよ!
「竜宮城が、お望みなら、それでもかまいません、が、もっと、すてきな所、です」
「すてきなところ?」
傷ついたカメはにこりと笑った(ように見えた)。
「どうぞ、ぼくの、背中に、乗って、ください」
………え。
やっぱり行き先は竜宮城なんじゃ…。
大きいカメの背中に乗っかるわたしってどうよ? 構図的に。
「さあ、はやく」
カメはわたしを促す。
「…………」
わたしは騙されたつもりでカメのこうらの上に座った。
カメの背中は雨で濡れていて、そこに座ったわたしのスカートは濡れてしまった。
「しっかり、つかまってて、くださいね」
カメがそういった次の瞬間、視界が真っ白になった。
いや、正確には視界が真っ白になるほど辺りがまぶしくなった。
目を開けていられない。
続いて、絶叫マシーンを何十倍にもしたような浮遊感とスピード。
「……………っ!!」
わたしは声にならない叫びをあげて、意識を失った。
それから、次に起き上がるまでの記憶は全く無い。
「あなたが、そこの生活に、適応、できるように、オマケも、つけますから」
ただ、薄れゆく意識の中で、カメがそういったのだけはしっかりと耳に残っていた。





→ 02






昔書いた夢を大幅に書き換えたものです。
20070123