同情するな。
感傷に浸るな。
先を見据えろ。
使えるものはなんでも使え。
自分は悪役であればいい。
彼女の憎悪を一身に引き受けて。
彼女の悲しみを突き放して。
それが世界のためになるならば。
最果てへの片道切符
頭に血が上った。
は咄嗟にコムイに掴み掛かっていた。
「どうして……どうしてわたしが!!」
こんな目に遭わなきゃいけない。
見知らぬ土地に放り出された、それだけでもいっぱいいっぱいだというのに。
「殺すのが、最大限の譲歩? はっ、笑わせる!」
「現実を、受け入れるべきだ」
「……っ!」
喚くに対して、コムイはどこまでも落ち着いていた。
そんな彼の態度がさらにを苛立たせる。
ばっ、とが手を振り上げれば、コムイはそれを甘んじて受けようとしていた。
それで少しでもの怒りが納まるなら、とでも思ったのかもしれない。
はその瞬間だけは確かに、彼の頬を叩くつもりでいた。
けれどの手は、コムイの頬を叩く直前で動きを止め、力なく落ちた。
コムイは少し驚いたように、の様子を伺う。
はは、と乾いた笑いがの口から漏れた。
感情のままに彼を叩いてしまわない程度には、冷静だった。
馬鹿馬鹿しい。彼を叩いていったい何になるというのだ。
きっと彼を叩いたって状況は変わらない。
彼はここの司令官だというが、彼の説明を真に受けるのならば、本当に責任があるのは彼ではないのだ。
コムイを叩いたところで残されるのは、赤くはれたコムイの頬と、痛むの右手と良心だけ。
真に責めるべきものは、コムイを責めるよりもずっと抽象的で、不確かなもの。
それは、この不条理な世界を作り出したもの。
それは、をこの世界へといざなったもの。
それは、人が神と呼ぶもの。
これまで存在すら信じたことのなかったものに憎しみの感情を向ける日が来るとは思いもしなかった。
そのままぺたんと座り込めば、伝わってきたのは冷たい床の温度。
熱が、少しずつ冷めていく。
「衣食住の提供は当然です。美味しい食べ物と、清潔な服、それから衛生的な部屋を用意して下さい。報酬はお金で……月給制で構いません。金額は、そうですね、命を危機にさらすに相応しいとなると、3年でロンドンの中心部に百平米以上の家が建つくらいでしょうか……いえ、やっぱりお金の話はまた後程細かく決めましょう。本当はまったく手を打ちたくありませんが、とりあえずのところそれで手を打ちます」
淡々とは要求を口にした。
死にたくないからこそ、戦うことを恐れているというのに。
受け入れなければ、即座に叶わないものになるなんて。
「……分かった。いいだろう」
コムイは頷いた。
それは、一介のエクソシストが受けるには破格の待遇。
彼女の要求した全てを本当に受け入れるかどうかはともかく、
「ようこそ、黒の教団へ。君の入団を歓迎しよう」
真偽の分からぬ機械的な台詞に、は俯いたまま口元に歪んだ笑みを浮かべた。
受け入れるものか。
たとえどんなことを要求されようとも、この身も心もすべてわたしのもの。
彼らの言われるがままにはならない。
彼らにされるがままにはならない。
この世界の不条理なことわりを受け入れることなど、決して。
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20071005