最果てへの片道切符




 中央庁の手が入る前に。管理スタッフが片付けをしにくる前に。誰よりもいち早く、コムイは彼女の部屋を訪れた。
 シックな暗色のマホガニー材でまとめられた家具。高い染めの技術が使われた、藍色を基調とした小鳥柄のカーテン。美しい湖の描かれた油絵に、真鍮と硝子で花を模して造られたランプ。
 それはこの世界に大切な物なんか無いと言ってた彼女が教団から支給された給料で少しずつ大切なものを集めて作った部屋だった。
 デスクの引き出しを開ければ職人の意匠が凝らされた万年筆や美しい装飾の懐中時計と並び、一つだけ雰囲気の違うものが入っていた。
 それは黒いリボンが付いたシンプルな髪留め。その髪留めに小さなカードが丸められていることに気付いたコムイは、そのカードをそっと抜き取って開いた。
 紙にはただ一文。

“Perhaps, you will marry me in the afterlife”
(来世だったらお婿さんにもらってあげてもいいですよ)

 襲いくる胸の痛みに耐えきれず、コムイは嗚咽した。
 彼女の幸せを願っている。彼女が元の世界に戻れてよかったと思っている。それは嘘じゃない。
 けれど、できれば。できれば。あの強がる背中を優しく抱きしめてみたかった。薄い唇にそっと口付けて、白い頬が赤く染まる様子を眺めてみたかった。それから、それから……。
 彼女に抱いていた感情が愛なんていう優しいものだけではなかったことに今更ながら気付いて、コムイは顔を覆った。……こんなの、彼女の一番になれなくて当然だ。リナリーを愛するのと同じような愛を彼女に向けることなんてできない。アレンが彼女に向けていたようなただ彼女の幸せを願うだけの愛を与えることなんてできない。想いが返ってこなくていいだなんて嘘だ。だって彼女の残したほんの一文はこんなにも嬉しくて、それと同時に悲しく辛い。
 コムイはの最後の音声を記録した受信機と、彼女から受け取ったまま取り出すことを忘れていた金槌を白衣のポケットから取り出した。
 彼女のデスクの上に置かれていた鋼製の作業用プレートに受信機を乗せ、コムイは一度目を瞑る。……の教団内での名誉のために、彼女とアレン、そしてノアとのやり取りは、自分が墓場まで持っていこう。
 目を開けると、コムイは握りしめた金槌を一思いに受信機に叩き付けた。



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2021.2.9