最果てへの片道切符




 あれからすぐにアレンはティムキャンピーから這い出てきた。
 そしてそのアレンは今、ティキと言い争っている。アレンとティキのやり取りを聞いているうちににも段々と状況が掴めてきた。つまるところ、アレンは“14番目”に覚醒し掛かっていて、それを阻止するために現れた自立型イノセンスとかいう謎のオッサンに合体を迫られているのだ。
「という認識で合ってます?」
「いや、言い方……」
 アレンが引いた様子で返す。でもまぁつまり合ってはいると。
 そんなアレンに今は教団から逃げるべきだというティキと、ノアと逃げるなんてと反発するアレン。ふむふむ、とは頷いた。
「オッケー、ノアと逃げるのが嫌ならわたしと逃げましょう」
「はぁ!? 何考えてるの!? オッケーなわけないでしょ!」
 即座に否定されては首を傾げる。
「なんで?」
「なんでって! 僕に付いてきたらまでお尋ね者になっちゃうじゃん!」
 ひっくり返った声で叫ぶアレンには「あはは」と笑う。
「教団からお尋ね者にされるの初めてじゃないし平気平気」
 軽い様子のをアレンはキッと睨み付けた。
「前みたいに戦いたくなくて逃げるのとはワケが違うんだよ!? 僕はエクソシストしての権限を凍結されて教団の敵として認定された。それに付いてくるっていうことは、まで教団や世界の敵として見られることになるんだからね!」
 苦しそうで今にも泣き出しそうなアレンはそれでもを巻き込むまいと必死だ。そんな優しい少年の手をそっと取っては微笑む。
「言ったでしょ、世界の全てが敵に回ってもアレンくんの味方だって」
「…………!」
 告げるとアレンの目が大きく見開かれた。そう、たしかに彼女はそう言っていた。覚えている。忘れるはずもない。けど。けれど。
「な……ば……馬鹿じゃないの!? そういうのって言葉の綾なものなんでしょ!?」
「いや、言葉の綾とかじゃなくて普通にアレンくんの味方なだけなんだけど……」
 アレンが14番目の宿主なのだと聞いた時から覚悟は決めていた。いつか本当に彼が教団の敵になってしまっても必ず彼の味方でいようと。たとえそれが教団や世界を裏切る結果になったとしても。……とはいえ、本当のところこれは裏切りではないとは思っている。教団側の認識はともかく、アレンは今だってエクソシストであることを望んでいるし咎落ちもしていない。
 じわり、とアレンの目に涙が浮かぶ。
「だって、そんなの……うっ……ふ…………」
 アレンは苦しそうに喘いで手の甲で目元を拭った。こんなにも教団を愛している子がこんな風に追い詰められて可哀想に。個々の団員に対する感情はともかく、にとっては未だに疎ましく思う気持ちの方が強い教団。アレンが大切にしているものならばも大切にしてやりたいと思うが、それが彼に害為すものならば未練はない。
 そんなわけで、わりとポジティブに教団から出ていくことを決めただったのだが、教団を愛する少年はそれを深刻に受け止めたようだった。
、ありがとう。ありがとう……でも、だからこそやっぱりを連れてはいけないよ。巻き込みたくないんだ……」
 泣きながら、それでもの身を気遣うアレンにはむっと眉を寄せる。
「なにがなんでも付いていくから。アレンくんの意見とか聞いてないから」
 そうか、きっとアレンくんはわたしが泣く泣く教団を捨てると思ってるんだな。はそう思いなるべくアレンが気遣わなくてよさそうな言葉を選んだがアレンは頑なだった。
「絶っっっ対連れて行かない!」
「しがみついてでも付いていくもん」
 お互いに譲らず睨み合う二人。……ふと、アレンがを挑発するように口元に笑みを浮かべた。
「ねぇ、。僕とで力比べをしたらどっちが勝つと思う?」
「……は? はぁ〜〜〜〜?」
 は信じられない物を見る目でアレンを見た。どっちが勝つかだって? イノセンスとのシンクロ率が臨界点を突破しているアレンにシンクロ率5割そこそこのが勝てるわけがない。そもそも基礎の運動能力からして違う。それを今ここで引き合いに出すのか!?
が本気で僕に付いてこようと思ってくれてるのは分かるけど、あまりに危険過ぎる。追っ手が来たらじゃ逃げきれないでしょ。実際一度捕まってるから今教団にいるわけだし」
「う、ぐ……」
 は言葉に詰まった。それを言われてしまうとどうにも弱い。こんなことを言ってはいるが、いざというときアレンはきっとを守ろうとするだろう。けれどそれではダメなのだ。ただでさえギリギリの彼の足手まといになることは許されない。
 が言い返せずに唸っていると、その会話に割り込む者があった。
「付いていく付いていかないの話で盛り上がってるところ悪いが、にはもう一つ選択肢があるぜ」
 ティキ・ミック卿だ。彼は寄りかかっていた木から身を離すと一歩近付いた。
「選択肢?」
 は胡乱げにティキに視線を向ける。かつて彼にされたことを思い返すとどうにも苦い気持ちになった。
「言ったろ、オレはちょうどおまえにも用があったって」
「……たしかに言ってましたねそんなこと」
 だからこそは今こうしてアレンが教団を出ていく前に話をすることができているし、付いていく付いていかないの話ができている。そういう意味では連れ去られてよかったと言えよう。心境としてはかなり複雑だが。
、オレとの賭けを覚えてるか?」
 ティキの質問には嫌そうな顔をした。
「賭け? あの結婚するとかしないとかいうあのくだらない賭けですか?」
「そ。おまえが勝ったら元の世界に帰してやるっていう賭けだ」
 そういえば件の賭けの勝敗が決したとき、ティキはアレンとの別れが済んだら連絡しろと言ってカードを置いていった。現物は教団に回収されたのかいつの間にかどこかにいってしまったが、はその連絡先を覚えている。覚えていながらも連絡をしなかったのはタイミングを逃してしまったのもあるが、彼を信用していなかったからだ。気になる気持ちはありつつも、教団から裏切り者として断じられる可能性のリスクを冒してまでその可能性に縋る勇気がなかった。しかし今、その情報はほんの目の前に差し出されている。
「元の世界に帰る“方法を教えてくれる”んじゃありませんでしたっけ?」
 あまりに都合の良い状況に警戒しつつもは尋ねずにはいられなかった。
「その方法が実行できるのはオレだけだから似たようなもんだよ」
「それって……」
 ティキの言葉の意味を理解したはそこで言葉を切った。不安な気持ちと同時に期待が胸の中で膨らんでいく。
 そんなが切った言葉の先をティキが引き継いだ。
「そうだ、オレなら帰してやれる。、この世界でのおまえの存在をオレが“拒絶”するだけで、おまえはいとも簡単にこの世界から弾き出され、元の世界に帰れるはずだ」
「…………!」
 は息を飲んだ。驚きと喜びと不安と疑心、そしてアレンを一人置いていくことなどできないという気持ちがぐちゃぐちゃになっての心をかき乱す。
「……どうして今更になって元の世界に帰してやるなんて言い出したんですか?」
 苦しそうな表情で問うたにティキは笑う。それは苦笑いのようだった。
「べつに最初会ったときすぐに帰してやってもよかったんだ。おまえは根本的にはこの戦争と無関係だし。……ただ、少しおまえに興味が湧いてな」
「そんな理由で……」
 は胸を押さえた。胸が苦しい。……せめて今でなければ。アレンが一人になってしまうこのタイミングでなければ、はきっと元の世界を選べただろう。……なぜ。なぜ今なのだ。
「それで、どうするんだ? 元の世界に帰るのか? 少年に付いていくのか? 決断できるチャンスはこれきりと思えよ。オレ自身にも“次”があるかは分からないからな」
「……っ」
 嫌がらせでもなんでもなく、黒の教団とノアとの戦いも佳境となっている今、ティキ自身次にと生きて会えるかは分からなかった。自身の中に巣食う得体の知れないものへの懸念もある。
 揺れるの心を時間は待ってはくれない。
「少年の追っ手が迫ってる。考えている時間はあまりないぞ」



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2021.2.7