「……リナリー、まだ私を許してはくれてないみたいですなぁ。笑顔を見せてくれない」
ぽつり、と呟いたのはルベリエだった。
「…………」
ルベリエとコムイの間に重い沈黙が降りたことに気付き、はこてんと首を傾げる。
何かを考えるように視線を巡らせたは、首の位置を元に戻すと、リナリーの代わりとばかりにこっと笑顔を見せた。
「何やったんだか知りませんけど、ルベリエさん顔怖いですもんねぇ……」
笑顔はちょっと難しいんじゃないですかねぇ。
しみじみと呟かれた台詞にコムイが顔を引きつらせる。
「……僕はいまちゃんの方が怖いって思ったよ……」
「まあ! ルベリエさんより怖いだなんて、コムイさんったら冗談でも失礼だと思いません? ルベリエさん」
コムイの台詞に対しぷりぷりと憤ってみせたは、あろうことかルベリエに対しそう話を振った。
「…………」
沈黙するルベリエ。
コムイは己の鳩尾のあたりを押さえた。
「ほんとやめて。なんか胃がキリキリする……」
「えっ、やだ、コムイさんったら食べすぎですか? 医務室からお薬もらってきましょうか?」
「違う」
最果てへの片道切符
ところで、リナリーの言っていたアレンくんに監視が付くとはいったいどういうことだろう?
直球で聞くべきか、婉曲に聞くべきか。いずれにせよ聞く気満々なが行動を起こすより先にルベリエは口を開いた。
「、君への確認は以上だ。退室してよろしい」
「ええと、それは退室しなくてもよろしいということで?」
強制な物言いではなかったため、念のためには聞いてみた。
それに対しルベリエは珍しく表情を変え、呆れたような、感心したような、なんとも微妙な表情を浮かべる。そして、ため息を吐いた。
「このプロフィットロールなら君にあげるから退室したまえ」
「……はぁーい」
ダメ元だったため、プロフィットロールの皿を受け取りながらは素直に返事をした。
小さなシュークリームが積み上げられた皿は軽いが、体積が結構ある。
部屋に持って帰るには邪魔になるので、帰還の挨拶ついでに糖分の足りてなさそうな科学班のメンバーにでも配ってこようか。
そんなことを考えながら、はゆったりと指令室の扉を閉めた。
科学班フロアに立ち入ると、が任務に出る前となんら変わり映えのないメンバーが、これまたなんら変わり映えもしない様子で各々の机に向かっていた。
つまるところ、皆が皆が目の下にくっきりと濃い隈をつくり、ゾンビの如き表情で化学式を書き連ね、怪しげな色の液体が入った試験管をゆらゆらと揺らしていたわけである。
そっと様子をうかがいながらフロアに入り込んだは、彼女の存在に気付くことなく机に噛り付いているフロアの面々をざっと見渡すと大きく息を吸った。
「科学班のみなさーん! お疲れ様でーす! ただいま帰還しましたー」
その声が響き渡った瞬間、科学班のフロア内はざわりと沸き立った。
「!?」
ばっと勢いよく作業デスクから顔を上げ、真っ先にその名を呼んだのはジョニーだった。
ぐるぐるビン底眼鏡が特徴的な彼に向ってはひらひらと手を振ってみせる。
「はいはーい、さんですよー」
「わああ! 本当にだ! お帰りいい!」
連日の残業でやつれ切ったのであろうその身体のどこにそれほどまでの体力が残っていたのだろう、彼は椅子から立ち上がるとの目の前まで走り寄ってきた。
事前に今日帰ってくること自体は伝えられていたらしく、他の者たちも「お帰り」「おお本当に帰ってきたんだな」なんて言いながらの周りに集まってくる。
そんな中、一人の男がうっかりと口を滑らせた。
「捜索が行われないと聞いたときにゃあもうダメかと思ったが、無事に帰ってこれたようで良かったなぁ」
「あっ、おい、その話は……」
すぐ傍にいた仲間が慌てて制するがもう遅い。
は男の発言をしかとその耳で聞いた。
やはり、の捜索は“の捜索を行わない”という決定をわざわざ上層部が下したうえで行われなかったのだ。
もっとも、先程ルベリエにカマを掛けた際に否定されなかった時点でほぼ確信していたが。
……本当に人を馬鹿にしてくれる連中である。
思えどもそんな心の内など押し隠して、はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫です、存じ上げてますよ」
「いや、大丈夫なのか? それは」
即座に突っ込みが入った。
「まぁ、なんだかんだ生きてますからね」
からりと言い切ると、科学班たちからはなんとも言えないため息が漏れる。
「信じられんおおらかさだな」
の実情を知る者はそう多くはない。
科学班の中でが教皇庁と交わした契約を知っているのはおそらくコムイとリーバーくらいなものだろう。
現実、信者は科学班内にも多く、今のの発言を聞いて女神やら天使やらと讃える声があがるくらいだ。
は「恨みに思っていない」と言ったわけではない。「気にしていない」といったわけでもない。
それでも、というエクソシストに幻想を抱く彼らは勝手にの都合のいいように物事を捉えてくれる。
ただ、今回の件に関しては“彼らのことは恨んでいない”というのはあながち間違いでもなかった。
今自分の周りにいる彼らに、消息不明となったを捜索するかしないか意見する権利などあるはずもなかったことをは承知している。
……だから、これは復讐などではないのだ。
は両手で持っていたプロフィットロールの皿をすっと前に差し出した。
「これ、みなさんに差し入れです」
「お、サンキュー。やっぱり疲れてるときに甘いモノは効くよなー」
一人が小さなシュークリームを摘み口に運んだのを皮切りに、方々から次々と手が伸びてきて皿の上はあっという間に空になる。
甘い食べ物は女子供の食べ物などと一体誰が決めたというのだろう。
この科学班には、アフターヌーンティーを文化とする英国らしく、甘味を口にする悦びを知っている者が多い。
「わざわざ食堂に寄ってくれたのか?」
シュークリームをすっかりと胃に収め、そう尋ねてきた男には無邪気に笑ってみせた。
「指令室でお会いした時にルベリエさんに頂いたものですよ」
「!」
告げた瞬間、シュークリームを食べ終えた者たちの動きが止まった。
「……え。じゃあこれってもしかして……」
誰かが恐る恐るといった様子で言葉を紡ぐ。
どうやら彼らはルベリエ長官の特技も知っているようだ。
「………………」
途端に降りた沈黙。
複雑そうな表情を浮かべながら空になったプロフィットロールの皿を見つめる科学班の面々に「みなさんどうしたんですか?」と不思議そうに首を傾げてみせる。
復讐などではない、これは久しぶりに再会した科学班メンバーへのほんの些細な悪戯である。
は彼らの反応に満足し微笑んで「コーヒー入れてきますね」と軽やかにその場をあとにした。
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2015.11.23