中国支部の“番人”に身体検査を受け、アクマではないことを確認されたは支部内に招き入れられた。
地図でアレンの居た大体の場所を示せば、あとはこちらで探すからとファインダーたちが捜索を請け負う。
ここに来るまでに体力を使い果たしていたは、自分が案内するよりも彼らが捜した方が早いだろうと素直にファインダーたちにアレンの捜索を託すことにした。
……大丈夫。エクソシストである彼を教団は見捨てたりしない。
は教団嫌いだが、その点だけは信じていた。
両手の指を組み、静かに目を瞑る。
憎い神に祈ることさえ厭わない。
だから、どうかこれ以上わたしから大切なものを奪わないで。
最果てへの片道切符
が生きていた。
この事実は瞬く間に教団中に広がった。
黒の教団においてエクソシストは重要な位置に居り、彼らをサポートするため、その基本的な情報――といっても見た目と名前程度だが――は本部と全ての支部で共有される。
団員たちのざわめきから、はどうやら自分が死んだことにされていたらしいことを知った。
なるほど、どうりで最初にを見たファインダーが驚いていたはずだ。
あれは幽霊でも見たかのような目だった。
この様子だと、捜索隊さえ出されていなかったのだろう。
どのような状況でその判断を下したのかは知らないが、あれだけエクソシストであることを強要した相手をこうもあっさり見捨てるとはいっそ感心する。
探されていなかったのだからわざわざ教団に戻る必要もなかったと思うと損をした気分になるが、アレンの命が懸っていたことを考えるとあまり文句も言っていられない。
にはアレンを見捨てることができない。
あの日、汽車のホームで彼と再会した時点でこうなる巡り合わせだったのだろう。
教団と交わした契約はが生きていた以上まだ有効だろうし、そう悲観することはない。
は自分に言い聞かせて、それから大きな溜息を吐いた。
「。……!」
大声でフルネームを呼ばれてはっと顔を上げる。
「少しぼんやりしていたな。疲れてるか?」
声を掛けたきたのはこの中国支部の支部長、バク・チャンだった。
「それはまぁ……あ、いえ、大丈夫です」
一度に様々な出来事が起こったのだ。その上ここまで全速力で走ってきて疲れていないはずがない。
一度肯定しかけて、けれどもすぐには首を横に振った。
ここで疲れていると答えたら、すぐにでも休みを取らされそうだ。
普段ならありがたい提案だが、アレンの無事を確認するまでは休むわけにはいかない。
「本当に大丈夫か? キミとウォーカーの件について本部と連絡を取るところなんだが」
にも居合わせてほしいということだろう。
聞きたいことだってたくさんはるはずだ。
「平気です。そういうことならなおのこと早い方がいいでしょう」
「……悪いな」
「いいえ」
本当は少し休ませてやりたいんだが……。
苦い顔で言うバクに、も苦笑した。
『ちゃん……』
希望と絶望。相反する二つの感情が混ざり合ったような、そんな声だった。
「お久しぶりです、コムイさん。元気がないようですけど、大丈夫ですか?」
バクから渡された電話の受話器。
見えなくたって声色から相手の表情は分かるもの。
はわざとらしく微笑んで電話の向こうの人物に話し掛けた。
『あ、ああ……ここしばらく忙しくてね』
「科学班は相変わらずですねぇ」
明るい調子を崩さなかったのは、その方が相手の心に突き刺さると分かっていたからだ。
案の定、複雑そうなコムイの声。
そこに滲む感情はを見捨てたことへの後悔だろうか。
その声を聞いて、は少しだけ溜飲を下げた。
『あの、ちゃん……その、本物、だよね?』
質問の意図はどこにあったのだろう。
おそるおそるといった様子で尋ねてきたコムイの声から探ろうとするが、よく分からない。
「わたしの偽物でもいるんですか?」
は質問に質問を返した。
コムイの質問に答える必要がないことは明らかだったからだ。
『そうじゃないけど……』
「“番人”の身体検査ならちゃんと受けましたよ? ここにいるバク支部長だって証明してくれます」
支部内に入ることを許された時点で、がアクマではないことははっきりしている。
ともすれば、が以外の何物でもないことはコムイにも分かるはずだった。
『いや……うん、そうだね。変なこと言ってごめん』
困ったように言ったコムイに、は小さく溜息を吐く。
「……なあ、キミたちなんか変じゃないか?」
の傍らでコムイとの電話での会話を聞いていたバクは二人の間に流れる微妙な空気に気付き訝しげに眉を寄せたが、は「まぁ、色々あったんですよ」と静かに答えただけで、それ以上その話題に触れさせなかった。
『……じゃあ、そろそろ本題に入ろうか』
切り出したコムイの声に先程のような影は感じられない。
一瞬で気持ちを切り替えられる辺りはさすが若くして本部の司令官になっただけあって優秀だ。
『ちゃん。君の身に何が起こったのか、聞かせてくれるかい?』
真剣な様子のコムイに、は小さく頷いてから口を開く。
「まず最初に弁解させていただきたいんですが、生きているにもかかわらず教団に戻らなかったのはわたしの意思ではありません。戻らなかったんじゃなくて、戻れなかったんです。……つい数時間前まで、わたしにはこの世界に来てからの記憶がありませんでした」
『!』
「記憶が?」
電話の向こう側で息を飲んだ気配。
のすぐ隣で片眉を上げたバク。
「あ。今は全部思い出してますよ」
は付け加えた。
コムイは一瞬なにかを考え込むかのように沈黙したが、すぐに『続けて』と先を促す。
「あの日、わたしが就いていた任務の話からしましょうか。……結論から言えば、ファインダーたちが行方不明になったのは町全体に掛かっていた不思議な力のせいです。あの町には、町から人を出さないために物理的ではない力が働いていました……ああ、ちょうど、いつか行った“太陽の沈まない町”と似たような感じでしたね」
『太陽の沈まない町……か』
それはコムイがに初めて与えたエクソシストとしての任務。
パートナーをつけたにも関わらずあっさりと逃亡を許した、黒の教団の司令官としては苦い記憶だった。
一人の人間として彼女の幸せを願うのならば、逃げ切りそのままどこか遠い所で平和に暮らしていてほしかったとも思うけれど。
……あれから、もう随分と時間が過ぎたものだ。
こうもあっさりとこの話題を出すという事は、彼女に後ろめたさなんてないのだろう。
「コムイさん?」
無言になってしまったコムイに、が不審そうな声をあげる。
コムイははっと受話器を握り直した。
『失礼。……それはたぶん、結界だろうね』
が消息を絶った後、あの町には教皇庁の調査が入り、その結果の一部は教団にも伝えられている。
の報告はそれと矛盾しなかった。
「結界……」
はコムイの言葉をなぞる。
『太陽の沈まない町のときはイノセンスが原因だったけど……』
しかし、おそらく今回の原因はイノセンスではない。
はそれを直感していた。
コムイの口ぶりもまた、イノセンスが原因であることを否定しているようだった。
には、結界の主に心当たりがある。
「……町についてすぐ、大量のアクマと一人の男がわたしの前に現れました」
話し出したに、何かを予感してコムイもバクも思わず息を止める。
は一呼吸おいて、それから口を開いた。
「彼の名前はティキ・ミック。彼は私に“ノアの一族”だと名乗りました。……そして、この男こそがこの世界に来てからのわたしの記憶を切り落とした人物です」
そして彼女は全てを語る。
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2013.12.26