気が付いたら見知らぬ場所にいた、なんて笑えない体験だと思う。
それが楽しそうだと思う人間がいたとしたら、わたしは喜んでそのひとに今の立場を譲ってあげたい。
「Are you awake ?」
「………?」
英語で掛けられた言葉は脳内で即座には日本語に変換されず、ただぼーっと声の主を見つめる。
……こいつ誰?
ていうかここどこ?
見知らぬ男に見知らぬ風景。
寝起きの頭が状況を理解するのにはちょっと無理がある。
しかもなんだかちょっと首の後ろが痛い。
「Where am I ? (ここ何処?)」
とりあえず、と口にした言葉は、自分の現在地を尋ねるものだった。
最果てへの片道切符
なぜ、このわたしが?
こんな言葉が、頭の中をくるくるとまわる。
見知らぬ世界で告げられた言葉は、到底受け入れられるものではなかった。
「いや、エクソシストとか無理でしょ。わたし運動神経も良いわけじゃないですし」
現在いる場所も含め、いくつかのことをわたしは教えてもらった。
時代、教団、千年伯爵、アクマ、エクソシスト、イノセンス……。
すべて理解できたわけではないが、どうやらここは黒の教団とやらの本部で、彼らは世界の平和の為に千年伯爵とかいう人物と戦っているらしい。
ザ・ブラック・オーダー(黒の教団)なんて名前、怪しすぎる。
けれど、そんな怪しげな名前よりも問題なのは、どうやらわたしが、千年伯爵の兵器だというアクマとやらを壊せる能力を持つエクソシストらしいということ。
しかもエクソシストというのは、とても希少価値のある存在らしい。
……なんだか“らしい”という締めが多いが、実際よく分からないのだから仕方ない。
目の前にいた眼鏡で黒髪の男は困ったような表情をその綺麗な顔に浮かべた。
少しの間考えるような仕草をしてみせて、口を開く。
「けれど、君はエクソシストとして生きるためにこの世界に招かれたんだ」
まあ手前勝手な言い分ですこと。
わたしは不快が顔に出るのを隠さなかった。
苛立ちのままになじってやりたい気持ちはさすがに押さえて、わたしはぐっと制服のスカートをにぎる。
荒れ狂っている心を落ち着けるために深い深呼吸をひとつ。
「わたしは戦いませんよ」
静かな声で告げた。
アクマというものがどんなものか、わたしは知らない。
けれど、戦う、というからには、まともなものではないだろう。
それはあの神田とかいう男がわたしをアクマというものではないかと疑っていたときにすさまじい殺気を放ちながら刀を向けてきたことからも容易に想像がつく。
大体にしてなんでこんなことになってしまったのだろうとわたしは溜息をついた。
気がついたら知らない場所にいて、気が付いたら知らないひとたちに囲まれていて、知らない世界のために戦えといわれて。
「家にに帰してください」
ここはどこ。
あなたたちはだれ。
戦うってなに。
「イノセンスは君を選んだ。それは神の管轄だ。我々人間ではどうすることもできないだろう」
このひとは何をいっているんだろう。
聞こえているはずなのに、頭に入ってこない。
それは、彼がわたしが普段使っていた言語とは違うものを使っているせいだろうか。
いや、きっとそうではない。
言語そのものは、わたしの理解できるものなのだ。受け入れられないのは、わたしの心。
「でも、無理なんです。家に帰して……」
わたしはうつむいてつぶやくように言った。
なにかと戦うなんてそんなことできっこない。
「君はまだ混乱しているようだから、今日はゆっくりと休むといい」
男は、声だけは酷く優しげに告げて、わたしの元から去っていった。
宛てられた部屋は、とてもじゃないがゆっくり休めるような部屋ではなかった。
石造りで、しばらく誰も使っていなかったのか、カビとホコリの匂いが鼻につく。
蜘蛛の巣が、あちらこちらに張っていた。
備え付けられていたベッドに座ると、ばふっと塵が舞った。
わたしをこの世界の救世主なのだとのたまうわりには、ずいぶんな待遇である。
けほ、と軽く咳き込んだ。
わたしは立ち上がって、部屋にある小さな窓を開ける。
それでも肺を満たす空気はきれいにはならず、わたしは眉をしかめた。
ここは、あまり空気の綺麗なところじゃないらしい。
東京の空気よりも汚いってどんだけなの。
「日本に帰りたい……」
得た情報を総合してみると、わたしがいるのはイギリスらしかった。
しかも、十九世紀末の。
日本は現在絶賛鎖国中で、入国は不可能。
さらに驚いたことに、日本の現在の首都は江戸だとか。
「ありえない……」
わたしは呟いた。
わたしがいたのは二十一世紀だったし、鎖国しているのだとしたら……幕末? いや、ないない。
アクマなんて聞いたこともないし。
そんな世界規模のドンパチやってたら世界史の教科書あたりに載るでしょ。
「ほんと、どこにいるんだろうわたし」
はぁ、と重い溜息をひとつ。
空を見上げてみたけれど、曇っているのか星は見えず、まるでわたしの心の中のようだと思った。
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20070918