ガタゴトと揺れる汽車の中。
トランクをテーブルにして置かれたトランプ。
それを取り囲む四人の男たち。
内三人はの良く知る顔である。
は男たちを冷たい目で見渡した。
「イヤン! そんなに熱く見つめないでっ。オレたち照れちゃう!」
「…………」
「……エ、エヘッ!」
トランプを囲む男のうちの一人であるティキをは無言でを睨みつけた。
熱いどころかブリザードが吹き荒れそうな雰囲気である。
黙り込んだままは立ち上がった。
「あの……サン?」
恐る恐るといった様子で声を掛けてくるティキに、はにっこりと微笑む。
そして殊更優しげな声色で言った。
「気分が優れないのでちょっと車内を一回りしてきますね」
当然この場合の"気分が優れない"は具合が悪いという意味ではない。
文字通り、"気分"が悪いのだ。
見知った三人の男たちはびくりと肩を揺らした。
「だっ、大丈夫であるか?」
たちの間に流れる微妙な空気に気付かない四人目の男――手癖の悪い男たちの巣に迷い込んだ哀れなカモ――が心から気遣っていることに気付いたは、彼を助けられない申し訳なさでいっぱいになりながら口を開いた。
「平気です。心配してくださってありがとうございます。……あなたの方こそ、どうか"お気をつけて"」
「うむ?」
どこか不思議そうにしつつも頷いた四人目の男は、おそらくの言葉の真意には気付かなかっただろう。
「それではみなさんごゆっくり」
苦い気持ちを抱えたまま、始終笑顔を顔に張り付ては男たちのいる車両を後にした。
最果てへの片道切符
『キリレンコ鉱山前ー、キリレンコ鉱山前ー』
目的地に着いたことを告げるアナウンスが汽車に流れる。
結局あの後一度もティキたちとは合流しないまま、はひとり駅のホームに降り立った。
きょろきょろとホームを見渡せは、既に降りていた三人の男と一人の子どもの姿はすぐに見つかった。
合流しようと足を踏みだしたが、少し近づいたところで大人三人のとんでもない格好に気付き、はぎょっとして足を止める。
「……うわ、なにアレ」
寒空の下だというのに、男たちはパンツ一丁だった。
(知り合いだと思われたくない)
この様子だと、もしかしてポーカーに負けたのだろうか。
ティキたちにポーカーに誘われていた男はいかにも世間知らずといった雰囲気だったが実はとんだ手練れだったのかもしれない。
人間見た目では分からないものである。
さてどうするべきかと悩みながら眺めていると、汽車の窓からにゅっと手が出てきて三つのトランクを男たちに差し出した。
どうやら彼らに荷物を返してくれるらしい。
カモにされかけたことに気付いているだろうに親切な男である。
男たちが返してもらった服をきちんと着込んだのを待って、は彼らに近付いた。
「ふふ、負けちゃったんですか? ポーカー」
が笑いを含みながら声を掛けると、ティキたちはぱっとの方を振り向いた。
「お、ちゃんと降りられたんだね。偉い偉い」
「……馬鹿にしてます?」
どうやらはひとりで汽車を降りられるか心配されていたらしい。
心外である。
ぐしゃぐしゃを頭を撫でてくるティキの手をは鬱陶しそうに振り払った。
「馬鹿になんかしてないさ。……もう機嫌は治った? お姫様」
「そうね。どうやらポーカーで負けたのはあなたちみたいだからすっきりしたわ」
にこにこと機嫌よさげに話し掛けてくるティキに、はつんと澄まして返してみせた。
ティキは苦笑しながら「まあ、姫の機嫌が直ったなら何よりですよ」と言う。
まったく、調子のいい男だ。
呆れかえりながらも、彼らに荷物を返してくれた男には礼を言わねばと汽車の方を向こうとすると、そちら側を向き切るよりも先に声がかかった。
「……?」
「え?」
聴こえてきたのは、唖然としたような少年の声だった。
汽車の窓の向こうに立っていたのは、先程ティキたちにカモにされかかっていた男ではない、顔に不思議な傷のある白髪の少年。
「……やっぱりだ……!」
揺れる灰色の瞳がの姿を捕え、そこに光が灯った。
今にも泣きそうな、それでいて歓喜に満ちた声で名前を呼ばれて、は困惑する。
「あ、の……わたしのこと、知っているの……?」
「僕のこと……覚えてないんですか……?」
少年の声に絶望が滲む。
そのあまりにも切ない声に胸が痛んで、は慌てて言った。
「ご、ごめんなさい、わたしここ数年分の記憶が無いみたいで……」
「記憶が、無い……?」
なにを言われたのか分からない、というような様子で少年は呟いた。
少年はまるで迷子のような、途方に暮れたような表情でを見つめる。
その表情に言いようのない焦燥を覚えて、は言葉を重ねた。
「そうなの。記憶が無いの。ねえ、もしわたしについて知ってることがあるなら……」
――ジリリリリリリリリリ!
言いかけた途端、汽車の出発を告げるベルが鳴り響いた。
「「あ」」
まだ話したいことがたくさんあるのに、汽車が出てしまう。
思った次の瞬間、は咄嗟に汽車の窓枠に手を掛けて汽車に乗り込もうとしていた。
「「!?」」
驚いたような少年の声とティキの声が重なる。
「……わ、わたしも乗ります!」
「おい、馬鹿! 危ないって!」
慌てたティキがを窓枠から引きずり降ろす。
汽車はゆっくりと動き始めていた。
「!」
遠ざかっていく汽車の中から、少年の声がの名前を呼ぶ。
ティキに羽交い絞めにされながら、ははっと顔を上げた。
こちらも名前を呼び返したいのに、は少年の名前を知らない。
「…………っ」
自分が失った記憶の欠片は、あっという間に手の届かないところまで遠ざかっていった。
「」
厳しい声が頭の上から降ってくる。
「ごめんなさい」
ティキの言いたいことを察して、は素直に謝罪した。
はぁ、とティキが重たい溜息を吐く。
ティキはの拘束を解いて、彼女と向かい合った。
「の気持ちは分からなくもない。記憶が欠けてるのが不安なのも分かる。けど、死んじまったら元も子もないだろ?」
「……ごめんなさい」
は謝罪の言葉を繰り返した。
分かっている、彼の言い分は正しい。
死んでしまったら元も子もない、その通りだ。
(でも……)
は心の中で呟く。
(でも、たぶん、わたしは命を懸けてでもあの汽車に飛び乗るべきだった)
あの少年を、は知っている気がするのだ。
その瞳を思い返すだけで湧き上がってくるこの気持ちの正体はいったい何なのだろう。
この感情の答えも、の失われた記憶も、きっとあの少年が持っていたはずなのだ。
「、頼むからもう無茶はしないと約束してくれ」
「…………」
思いつめたようにティキが言う。
はすぐには答えられなかった。
再び同じ状況になったら、きっとそのときもまたは同じ行動を繰り返してしまうだろう。
けれども。
「、お願いだ。記憶が無いのが不安だっていうなら、オレがそれを埋められるように頑張るから」
「…………はい……ごめんなさい。ありがとうございます」
けれども、おそらく、今はこう答えるのが最善なのだ。
ひとつ、はっきりしたことがある。
ティキの言っていた"は空から降ってきた"という話はやはり嘘だったのだ。
この世界にを知っている人間が存在したという事は、はティキと出会う前からこの世界にいて、誰かしらと人間関係を築いていたということだ。
の勘は正しかった。
……やはりこの男、信用するべきではない。
ほっとしたように笑みを浮かべるティキを、はどこか冷めた目で眺めていた。
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2013.11.26