最果てへの片道切符





たとえ一時の記憶を失ったとしても、人間の本質はそう変わるものではない。
冷静にとまでは言えないが、は自分の今の状況についてしっかりと考えていた。
まず、目覚めたら見知らぬ場所にいたことについて。
ここはドイツのハルツ地方で、ランメルスベルク鉱山の近く。
気が付いたら見知らぬ場所だった、ということは誘拐の線も考えられるが、どうやら今は19世紀で、はタイムスリップしてしまったらしい。
そんなバカなと言いたくなるが、実際複数の場所で複数の人に確認したのだから間違いない。
そして自分の記憶が一部欠けていることについて。
いつの間にか自分は幾分か大人びた顔立ちになり、無駄の少ない身体つきになっていて、複数の言語が使えるようになっていた。
おそらく、この空白の時間には海と時を越え、年を重ねたのだ。
さて、この時間を自分はいったいどうやって過ごしていたのだろう?
以前よりも身体の線が細くなった、しかし筋力は衰えていないどころか発達したということは、身体を鍛えていたのだろうか。
言語能力はどうやって身に付けたのだろう。テキストを用いて勉強したのだろうか。
いや、テキストだけで勉強したにしてはスムーズに会話が出来過ぎるから、おそらくこれらの言語が必要な環境に自分はいたのだろう。
(わたし、スパイでもやってたの?)
タイムマシンの研究について情報を手に入れる任務を負っていたが、任務に失敗したか、何某かの事故に巻き込まれて過去にタイムスリップしてしまい、その拍子に記憶を失ったとか。
「…………」
流れとしては矛盾は生じないが色々とありえない。映画の観過ぎだと笑われそうだ。
進学校に通っていたは大学に進学する気満々であったし、特別運動神経に自信があったわけでもない自分がスパイになったとは思えない。
鏡を覗いてみたところでの外見はせいぜい20歳前後。
大学を卒業したわけでもなさそうだし……そもそも、自分は大学生になっていたのだろうか?
考えれば考えるほど訳が分からない。
でも、記憶がなくなったということはなにかきかっけがあるはずなのだ。
たとえば頭に大きな衝撃受けたとか、とてもショックな出来事があったとか……。
それに、とは眉を寄せる。
ティキと名乗ったあの男、正直言って胡散臭い。
のことを空から降ってきたと言って保護してくれているが、なぜ警察や役所に届け出ない?
普通、年頃の娘を自分の判断だけで保護なんてするものだろうか?
しかも見たところ彼はあまり裕福ではない。
仮に本当にが空から降ってきたのだとしても、慰み者にするためか人身売買のために嘘を吐いて保護しているのだと考えた方がまだ自然だ。
偏見だ、と非難される思考だろう。けれど、見知らぬ土地で見知らぬ人間しか周りにいない今、信じられるのは自分自身だけであった。
一部記憶を失ってはいるが、それでも文化も常識も違う異国の地で赤の他人を信じるよりはマシであろう。
しかし、だからといって今更警察に駆け込む勇気もにはなかった。
パスポートもない、出国記録も恐らくない。19世紀の日本にの戸籍は存在しておらず、たとえ存在していたところで現在日本は鎖国中。
学校で学んだ歴史が正しいのならば、1837年のモリソン号事件で日本人漂流民を乗せたアメリカ商船が日本に近付き砲撃を受けたはずだ。
どうしたって日本に帰れるとは思えないし、この国で日本人だと名乗り出たところで不法入国で捕まりかねない。
さて、どうしたものか……。



仲間を紹介すると言われてが引き会わされたのは、ティキとそう変わらない年齢であろう男ふたりと、10歳前後と思われる男の子だった。
「げぇ、ティキおまえどこのお嬢様掻っ攫ってきたんだよ!?」
最初にそう声をあげたのは薄い色素の直毛を持つ長身の男。名前はクラックといった。
見るからにいい所のお嬢さん然としていると、ぼさぼさの髪にうずまきメガネをかけている冴えない姿のティキを見比べれば当然の反応と言えよう。
「ティキもついに犯罪者か……」
もう一方のニット帽を被った男が遠い目をしながらいう。こちらの名前はモモといった。
「ティキおまえロリコンだったのかよ」
クラックがドン引きした眼つきでティキを見る。
どうやら酷い想像をしているらしい仲間ふたりに、当然ながらティキは慌てた。
「おい、人聞きの悪いこと言うなよ。オレは迷子のお嬢さんを保護しただけだって」
だがふたりの男はティキの話など耳に入れず、小さい子どもに対するかのように膝を曲げてに話しかけた。
「お嬢ちゃんいくつ? 13歳くらい?」
「あ、いえ、16は確実に超えているはずですが……」
18歳か19歳といったところだろうか。今のには自分の正しい年齢さえ分からない。
「へぇ、お嬢ちゃん実年齢より幼く見えるんだなぁ」
クラックがをまじまじと見つめながら言う。
その視線には僅かに後ずさったが、クラックは気にしていないようだった。
「でも16ならやっぱりティキはロリコンじゃん」
「だからこの子とはそんな関係じゃないって!」
モモのティキを見遣る視線は相変わらず冷たい。
さすがに見兼ねて、あの……とは口を開いた。
「ティキさんには本当に保護していただいただけです」
の発言にティキはほっとしたような表情をする。そして意気揚々と口を開いた。
「ほら、今のこの子の発言聞いただろ?」
「なんだつまらん」
そんなティキに即座に返したのは彼に冷たい視線を送っていたモモだった。
「それにしてもお嬢さんめっちゃ発音綺麗だな。クイーンズってやつ?」
やり取りを見ていたクラックが首を傾げながら問う。
「お嬢さんはイギリスで育ったのか?」
ティキが質問を重ねたが、ふたりと合わせるようにもまた首を傾げた。
「うーん、日本生まれの日本育ちのはずですが……」
なにせ、恐らく数年単位で記憶が無い。確かなことはにも分からなかった。
「日本ってどこ?」
「さあ?」
男たちの疑問に、どこから教えたものかとは内心肩を竦めた。





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2013.7.7