「ふん、結局はエクソシストとしてその命を散らせたか」
短く息を吐き出して、ルベリエが言った。
チェス盤の上に並ぶ黒のポーンをひとつ摘みあげて、代わりに白のビショップをマスに置く。
「死亡の確認はとれていませんが……まあ、まず生きていないでしょう」
黒のナイトを移動させながら、リンクは無表情に答えた。
例の町に入るまでの彼女の足取りは掴めている。
残っていた結界の痕跡から察するに、町が崩壊するまでに彼女があの場所から脱出するのは不可能だったはずだ。
実際、未だ彼女は教団に帰還してはいないし、連絡もしていない。
遺体が見つかっていない以上、これ幸いと中央庁との契約を無視し逃げ出した可能性も完全には否定しきれないが、その可能性はほぼ皆無だ。
アクマとの戦闘によってその命を散らせた場合、寄生型のエクソシストでもない限りその身体はバラバラに砕け散ってしまう。
だから、装備型のエクソシストであったの遺体が見つからないのはなんら不自然なことではないのだ。
あれほど生きることに執着し、戦うことを頑なに拒んでいた
その命の終わりに、彼女はなにを思ったのだろうか。
少なくとも、この世界を想う美しい感情などではないだろう。
異なる世界から来たのだという彼女の意志は、一貫していた。
けして、この世界を守るための駒になどならないと。
世界を、神を、憎んでいたと言っても過言ではない。

しかし。

(今となってはすべてどうでもいいこと……ですね)





最果てへの片道切符





中央庁から黒の教団に告げられた決定は、その日のうちに団員たちにも伝えられた。
伝達役を担ったコムイに真っ先に食って掛かったのは妹のリナリーだった。
「それ……本気なの? を見捨てるつもりなの……?」
告げられた内容を信じたくないのか恐る恐るといった様子で、けれども僅かに怒りを滲ませながら尋ねたリナリーにコムイは沈黙する。
「……………」
「答えてよ! 兄さん!」
目を伏せて答えないコムイに、リナリーは語気を強めた。
「……上からの命令なんだ」
「…………っ」
睨みつけるように自分を見ているリナリーと目を合わせないまま、コムイは感情の籠らない声で言う。
リナリーはそんな兄を責め立てようと口を開いたが、浮かんだ言葉はどれも声にはならなかった。
こみ上げる感情に身体を震わせながらも、リナリーは冷静にならなければと自身に言い聞かせる。
そうして発せられた声は、思った以上に低い音の調子で指令室内に響いた。
「……アレン君にはどう伝えるつもりなの?」
つい先日入団したばかりのアレンはと知り合いらしい。
しかも随分と彼女のことを慕っているようで、教団に彼女がいると知った時の喜びようといったらなかった。
そんなアレンは今、神田と共に南イタリアに任務に出ている。
彼はまだ、この事実を知らない。
任務先で消息不明となったが、死んだという確たる証拠もないまま教団から見捨てられようとしていることを。
「アレン君には黙っていようと思う」
「そんな……」
「あの子にこのことを伝えたらどうなるかくらい分かるだろう?」
「でも! ……でも、」
彼は、あんなにも大切そうにとの思い出を語っていたのに。
コムイのいうことは確かに全て正しい。
生存している可能性が絶望的といってもいい人間のために人件を割く余裕は今の教団にはないし、入団したばかりのアレンの教団に対する心証を悪くするわけにもいかない。
そう、全て合理的な決断なのだ。
けれど、リナリーは何もかもを合理性だけで受け入れられるほど大人ではなかった。
むしろ、そういった理不尽さを受け入れることができるのが大人だというのなら、大人になんてなりたくないと思う程だった。
「兄さんなんて……」
「リナリー?」
俯き小さく何かを呟いた妹の言葉を拾おうと、コムイは彼女の顔を覗き込む。
そんな彼を、リナリーはキッと睨みつけた。
「兄さんなんて大っっっ嫌い! 兄さんの馬鹿っ!」
「リナリー!?」
まるで雷に打たれたかのように衝撃を受けた様子でコムイは叫んだ。
だがそんなコムイを無視すると、リナリーは逃げるように彼に背を向けて走り出す。
「リナリィィィィィィィィ!!」
コムイは膝をついて縋る様に妹を呼んだが、彼女はドアの閉まる荒々しい音だけを残すとそのまま指令室から出て行ってしまった。
足音は段々遠ざかり、そしてついに何も聞こえなくなった。





コムイはしばらく無様な格好のまま佇んでいたが、ふいに表情を消すと、けして綺麗とは言えない床にごろんと仰向けになった。
冷たい床が、背中から体温を奪っていく。
……」
ぼんやりと天井を見上げて、コムイは呟いた。
どうして、こんなにも胸が苦しいだろう。
大好きなリナリーに大嫌いと言われたから? 良心が痛むから?
(それとも……いや、)
その先を考えないようにして、コムイは静かに目を瞑った。





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20120706