――ザッ
「ノ……族……?」
――ザザッ
「そ……の神……使……祖…………族」
「……は…………ん……を……き…………」
――ザザッ……ザッ
「……に……?」
――ザッ……ザッ
「お…………にも……、た……ちら側……に……れ…………」
「嫌……と言っ…………」
――ザザザザッ
「……ス…………なか……ら、お……は…………悔……るよ……だっ…………」
――ザー……………………
最果てへの片道切符
「くそっ、どうなってるんだ」
ばん、とデスクを叩く音が室内に響く。
コムイはに与えた任務内容の紙を見つめながら、険しい表情を浮かべた。
行方不明になったファインダーを探し出す任務。
不審な点は多々あれど、アクマが関わっている可能性は低い任務だった。
が教団に戻ってきてから早数ヶ月。
表向き信頼を与えられている彼女には、それでも任務中には定期的に連絡することが義務づけられていた。
それは本部が任務状況をこまめに把握するためでもあり、また、彼女が逃亡することを防止するためでもある。
そしてその情報は、逐一中央庁へと報告されることになっていた。
中央庁に連絡がいくことは、には知らされていない。
けれど聡い彼女は気付いていたのだろう。
その証拠に、彼女から報告の電話が入る時間はいつもぴったり同じ時間であったし、また、いつも電話口に同行のファインダーを出した。
余計な不信感を抱かせないために。
余計な誤解を招かないために。
そして今回の任務でもまた、教団を発ってから定期的によこされていたの状況報告の連絡。
いよいよ明日には現場に到着するだろうという報告を最後にもらってから、もう3日が過ぎていた。
毎日よこされていた連絡が、それから1度もない。
同行していたファインダーからも連絡がないことを考えれば、なにかしらのトラブルに巻き込まれたと考えるのが適切だろう。
「…………」
コムイはしばし無言で思考を働かせる。
中央庁に知らせるべきか、否か。
いや、報告しなければならないことは、よく分かっているのだ。
それが契約であり、それを遵守することこそがまた彼女を守ることにもなる。
契約を破れば、自分も罰せられるだろうが、彼女も罰せられるだろう。
彼女がそれを望んでいるとも思えない。
なぜなら、を縛る契約は強固なものではあるが、内容自体はとても緩いものだからだ。
には“アクマと戦わない”権利が認められている。
つまり、彼女は「アクマがいたから逃げました」と言えばそれだけで全て許されてしまうのだ。
周囲の人間がそれに対してどういう感情を抱くのかは全く別の問題ではあるが。
それに、彼女がなにかしらの事件に巻き込まれたというなら、それこそ早めに応援を出さねばならない。
……なんて。
これだけ“言い訳”を並べてみたところで、本当は分かっていた。
これが、“言い訳”だと。
“彼女”が教団や中央庁と交わした契約は、本人や周りの意志などお構い無しに適応される。
ただ、彼女をこの教団という檻の中に囲うためだけに。
そのことによって誰かが救われるだとか、幸せになるだとか、そういった直接的な意味はひとつだって存在しない。
そう、その契約は誰も救いはしないし、幸せにもしないのだ。
ただ、契約という鎖に繋がれた憐れな人間をひとり生み出しただけ。
コムイは重々しい溜息をひとつ吐くと、傍にあった電話の受話器を持ち上げた。
自分もまた、彼女を不幸にすることしかできない人間であることを、痛いほど理解しながら。
「これは……」
ざり、と足元の砂を踏みつける音。
目の前に広がる町の残骸に、男――リンク・ハワード――は難しい表情を浮かべた。
エクソシスト・の消息が途絶えて1週間。
黒の教団本部から連絡を受けた時は、再び彼女が逃げ出したのではないかと疑ったが、この分だと一概にそうだとは言えないだろう。
町の中心部に見える折れた時計塔に、破壊尽くされた建物。
いくつかの建物は燃え尽きて炭となっており、崩れて屋根を失った建物には僅かに水が溜まっている。
人の気配は、一切無かった。
たとえが逃げ出していたのだとしても、任務地がこれほどの壊滅的な状況なら“契約の範囲内”だと言い逃れできる。
そもそも、無事に逃げ出すことができたかさえ怪しい。
なにせ、彼女は未だ教団に連絡一つ寄越していないのだから。
遺体を確認できれば話は早いが、アクマの攻撃によって命を落としていた場合、その遺体はこの世に残らない。
ただ、砕け散って消えるだけ。
実際、目の前の壊れ果てた町はアクマの仕業だろう。
この辺りには、死体は一体も無かった。
ここが町の入り口であることを考慮しても、入り口に関所が設けられているこの場所で死体が一切見あたらないのはおかしい。
ただのがらくた。
ただ町だったものの残骸。
そんな町をざっと眺めてから、リンクはふと視線を足元に落とし、はっと目を凝らした。
地面に線が引かれている。
それは砂の上に木の枝で落書きをしたかのように。
うっすらと、けれど明確な意図を伴って引かれた線であろうことは、その線を見れば明らかだった。
線をすべて視線だけで辿るには視力に限界があるが、ぱっと見、どうやらこの線は町を取り囲むようにして引かれているようである。
その線を境に、きっちりと内側のみが荒れ果てた町の様子を見て、リンクは考え込むように顎に手をあてた。
これはどう見ても結界の跡だ。
結界を張れるアクマの存在は今のところ報告されていない。
つまり、この場所にはアクマ以外の力を持った何者ががいたと考えるのが自然だろう。
いったい、どのような意図を持って張られた結界なのか。
はなにに巻き込まれたのか。
消えたファインダー、荒れ果てた町、消息不明のエクソシスト。
大規模なアクマの襲撃があったこと自体は間違いない。
そうでなければ、町がこれほどまでに破壊されているのも、死体すら無いのも説明がつかない。
だが……。
「…………」
リンクは町に足を踏み入れた。
とりあえず、このがらくたと化した町の調査をしよう。
敬愛なる上司への状況報告はそれからだ。
その日かろうじてリンクが見付けることができたのは、の連れていた、どうにか被害を逃れたらしい1体の通信兼記録用のゴーレムだけだった。
本部に持ち帰られたそれをすぐに科学班が解析したが、ノイズ混じりで詳しい状況は分からず。
ただ、ノアの一族と名乗る男との接触後、の身に何かが起きたらしい事実だけが残された。
「。任務先にて、1名のファインダーと共にその消息を絶つ。任務地は壊滅状態。生存の可能性はほぼ絶望的と推測される。よって、彼女の捜索および応援は行わないものと――」
そうして後日、を捨て駒にする決定が黒の教団本部に告げられた。
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20100718
20120408 改稿