最果てへの片道切符





はふいに立ち止まり、空を見上げた。
さん?」
が立ち止まったことに気付いたファインダーが、不思議そうに、それでいて焦ったように振り返る。
はわざと考え込むような難しい顔を作ってみせ、そして口を開いた。
「この先はわたしだけで進みます。あなたは行方不明のファインダーを探す作業を続けて下さい」
「! ひとりだけでアクマに立ち向かうおつもりですか!? 危険です!」
「ファインダーひとりいたところで戦力にはなりません。足手まといなだけです」
「しかし!」
きっぱり言い切ったに、けれどもファインダーは食い付いた。
は困ったように微笑んでみせる。
「今回わたしたちに与えられた任務は、行方不明のファインダーたちを探してくることです。あなたは任務をまっとうして下さい」
きっと、わたしも後で合流しますから。
まるで戦地へ死に向かう兵士のごとき表情で、はファインダーに告げる。
そんなつもりなど、少しもないくせに。
しかしファインダーはそんなを疑う様子もなく、ただ悲痛そうな表情を浮かべた。
「……分かりました。自分は本部に応援を要請します。きついでしょうが、なんとか持ち堪えて下さい」
「ええ、お願いします」
連絡はゴーレムで取り合いましょう。
そう苦笑して、は歩き出す。
ああ、このファインダーが単純でよかった。
まるで英雄を送り出すような様子でを見送るファインダーを見ながら、はそっと笑う。
実際、彼にとってエクソシストというのはそういう存在なのだろう。
盲目的ともいえる信頼。
だからこそ、裏切ったときは恐ろしいに違いない。
そんなことを考えた、次の瞬間。
こちらを振り返ったままだったファインダーが突如叫んだ。
さん! 後ろ!」
「え?」
言われて後ろを振り返る前に、ファインダーがこちらに向かって走りだすのが視界に入る。
そして。

一瞬、世界から音が消えた。

「な……に……?」
はっと気付いた瞬間、の周りには爆弾でえぐれたようないくつものクレーター。
何者かに抱き締められている温もりに、は目を瞬く。
自分を抱き締めるのは、白いファインダー。
一瞬、過去の記憶と情景が重なった。

自分を抱き締める、白い男の子。

さん、無事ですか」

…………ああ、

そう尋ねるファインダーの顔に、星の模様が広がる。
男の向こう側には、一体のアクマ。
ようやく、状況を理解した。
「あ…………どう、して……」
酷く動揺しているに、ファインダーが微笑む。
どうしてこの状況で笑える?
「よかった……無事の、よ……で……エクソシ、」
なにかを言い切る前に、男はその形を失った。
アクマの血弾により、音もなくの目の前で砕け散り、塵と化す。
男の最期の言葉を聞けなかったことは、男自身にとってはともかく、にとっては幸いだったかもしれない。

――エクソシスト様、あなたが生きていれば、世界は救われるかもしれない。

「あ……ああ……」
目の前でファインダーが砕け散った瞬間、は悲しみよりなにより先に、ただ純粋に恐怖した。
アクマが再び自分に攻撃しようとしているのが見えて、腰に掛けられていた舞姫をほとんど反射的に抜く。
ひらりと花弁が舞った。
そのたったひと振りで、アクマは消え去る。
こんなにもあっさりと倒せるアクマにでさえ、気を抜けば殺されるのか。
よろよろとその場から後退り、ローズクロスを剥き出しに着直していた団服に手を掛ける。
団服を脱がなくては。
一針一針、丁寧に団服に縫い込まれているローズクロス。
これが在ることそれだけで、それはアクマの的になることを意味している。
恐怖で震える手を必死に動かして、銀ボタンを外していく。
早く脱いでしまいたいのに、思うように手が動かない。
3つ目のボタンに手を掛けたとき、ふとに影が掛かった。
「なに、お嬢さん、それを脱ぎたいの?」
「え?」
聞き覚えのある声に、はっと顔を上げる。
しかしそこに立っていたのは、見知らぬ男だった。
浅黒い肌に、額に並ぶ逆さ十字。
顔の造りは非常に端整である。
質の良さげな燕尾服を優雅に着こなし、ステッキを持つその男は、まるでこの瓦礫ばかりの世界から切り離されたかのように悠然と立っていた。
そのあまりの不自然さに、は強ばった表情で男を見上げる。
はは、と男が軽く笑った。
「やあ、また会ったね、お嬢さん」
「……?」
“また”?
まるで知り合いであるように話し掛けてくる男に、は眉を寄せる。
「あれ、分からない?」
訝しげな表情で自分を見上げるに、男は意外そうに首を傾げた。
「ほら、さっき教会で会っただろ」
「……!」
言われて、ようやく気付く。
そうだ、この男、先程と少し雰囲気は違うが、間違いなく教会にいた神父だ。
「どうしてこんなところに……それに、その格好……」
「お姫様を迎えに来るなら、正装じゃないとね」
ほとんど独り言のように紡がれたの台詞に、男は律儀にも言葉を返す。
「なに言って……あなた、いったい何者なんですか」
ようやく言えた言葉。
不安と、困惑と、恐怖と。
あらゆる感情を伴って。

「オレはティキ・ミック卿。ノアの一族さ」





40 ←   → 42






20100519