続くことのない世界に落ちてきた。

その言葉を聞いた瞬間、は目を見開いた。
「あ……な、にを言って……」
必死に声を絞りだすが、思うように話すことができない。
この男は今、なんと言った?
視線だけは交わしたまま、は思わず一歩後退る。
肩に乗っていた神父の両手が、すとんと落ちた。
拘束されていたわけではないらしい。
男がにんまりと笑う。
「ど? オレのこともっと知りたくなったんじゃない?」
「…………」
様々な思考が、脳裏を過る。
続くことがないってなに?
落ちてきたなに?
わたしが違う世界から来たことを知っているの?
その言葉の意味するものは?
知りたい。
知りたい。
知りたくない。
酷く矛盾した心がの精神を掻き乱す。
「あなたは……」





最果てへの片道切符





あなたはいったい“何”なんですか。
が言い掛けた、その時。

――ばんっ

さん!街にアクマが!」
「……!」
教会の扉が乱暴に開く。
慌てた様子で教会に駆け込んできたのは、二手に分かれたはずのファインダーだった。
「おや、お呼びがかかったみたいだね」
目の前の男はなんでもなさそうに言う。
はなにか言葉を返そうと口を開いたが、結局言葉を見つけられず、口を閉ざした。
言いたいことはたくさんある。
聞きたいこともたくさんある。
けれど、それらのどれもが上手に言葉にならない。
ただ、焦燥感だけがを支配する。
なんだ。
なんなんだこの男は。
さんっ!」
焦ったようなファインダーの声。
その声にはっとする。
「ほら、呼ばれてるよ?」
男が促す。
は戸惑い、男と再び目を合わせるが、これ以上答えは得られないようだった。
「…………っ」
なにがなんだか分からないまま。
ただ得体の知れぬ不安だけを残して。
は男に背を向け、駆け出した。





絶え間なく続く建物の崩れる音、立ち上る砂煙。
遠くに見える、奇妙な形をした生命体。
曇りとはいえ真昼間だというのに、空は炎と煙で赤黒く染めあげられ、人々は逃げ惑っている。
ああ、どうしてこんなことになったのだろう。
は心の中で呟いた。
今回の任務に、アクマは関係ないはずではなかったのか。
あるいは、任務とは関係のない地点でアクマが発生したのか。
妙な点はあったにしても、コムイがわざわざ嘘を吐いたとは考えにくい。
いずれにしろ、の預かり知らないところでなにかしらの問題が起こっていることは確かである。
ああ、面倒なことになった。
先を行くファインダーをちらりと目の端に留めながら、はこっそりと舌打ちした。
アクマとの戦闘は、自分の請け負っている分野ではないのに。
は、中央庁との契約で、アクマと戦わないことが認められている。
認められてはいる、が。
しかし、ここで戦わなかったら、いったいどうなるのだろう。
許しはあるとはいえ、その事実を知る者は少ない。
それは心ない連中からの身を守るためである。
もしもここで任務を放棄し、逃げ出すのであれば、その契約を秘密にする意味が無い。
まったく、なんという矛盾を孕んだ契約だろう。
は密かに溜息を吐く。
ようするに、これは最終手段なのだ。
逃げなければ確実に死ぬ。
その状況下のみ、はためらわずにその契約を行使できる。
たとえ非力な民草を置いて逃げ出し、そのことを団員たちから責められても、そのときばかりは契約が公になったとしても諦めがつくだろう。
つまり、そういった状況で無い限り、アクマに出会ってしまえばは戦わざるをえないのだ。
だから、コムイにはアクマが関わらないような任務を回してもらっていたというのに。
とんだ災難である。
共に行動しているのは、ひとりのファインダー。
たったひとり。
されどひとり。
もしこの場でがアクマから逃げ出したとしたら、このファインダーは教団に戻ったとき、の所業を糾弾するに違いない。
そうすれば、居心地の悪い生活に逆戻りである。
……まあ、互いが無事に帰ることができれば、ではあるけれど。
「…………」
は無言で思考をめぐらせる。
戦わずに済み、なおかつファインダーの信用を失わないような良い方法はないものだろうか。
教団から逃亡し、連れ戻されてから約1年。
ようやくエクソシストとしてはひとりで任務に出ることを許されるほどまでに信用を回復させたのだ。
ここで無駄にするわけにはいかない。
(もしかしたら、逃亡するチャンスなのかもしれないけど)
再び教団から逃げ出したとして、もしまた捕まることがあれば、今度こそもただでは済まないだろう。
そうなるくらいならば、少し戦うふりをしてやるほうがましというものだ。
は常に、あらゆるものを天秤にかける。
それは己が生き抜くためであり、損をしないためだった。
どんな場合でも、自分の命だけは最優先に考えて。
そのうえで、その時々の状況によって大事なものを決めていくのだ。
そう、なにがなんでも生き抜かなくてはいけない。
この世界のために命を削るような真似なんて、絶対にするものか。





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20100518