告げられた任務の内容に、は無意識に片方の眉を上げた。
「ファインダーが行方不明?」
「そうなんだ。今回彼らに与えた任務は、アクマやイノセンスとは無関係だったんだけどねぇ」
困ったように眉を下げるコムイ。
ふむ、とは唸る。
聞けば、ルクセンブルクのとある教会にいる神父に用事があってファインダーを3人ほど向かわせたらしい。
「本当に、アクマは無関係なんですね?」
「一応、そのはずたけど」
念を押すにコムイは苦笑した。
アクマは世界中いたるところに存在する。
その点で、百パーセントアクマに遭遇しないと保証はできない。
無論、がそういうことを聞いているわけではないことは分かっているが。
「そういうことでしたら、まあ」
要は、その行方不明のファインダーを見つけて連れ帰ってくれば良いわけである。
正直、思うところは多々あったが、は頷いた。
たったひとりの神父に会うために、なぜ3人ものファインダーを向かわせたのか。
そのファインダーたちはなぜ帰ってこないのか。
考えなかったわけではない。
……けれど。
「分かりました、準備してきます」
力量以上のアクマが現れたら、逃げればいいだけの話。
中央庁との契約で、にはそれが許されている。
「頼んだよ」
コムイの言葉に、は素知らぬ顔で微笑んだ。
僅かに感じた不安を無視したことを、後悔するとも知らずに。
最果てへの片道切符
――時の破壊者
そんな予言をヘブラスカから与えられた、エクソシストの少年。
彼が黒の教団を訪れたのは、が任務に出た3日後のことだった。
実年齢は若いにも関わらず真っ白い髪に、顔にある奇妙な形の傷痕。
そして不気味に赤い手。
これこそが、彼、アレン・ウォーカーのイノセンスだった。
そしてこの手はつい先程、同じくエクソシストである神田から受けた傷の治療を終えたばかりである。
アクマを唯一破壊することができるとされている武器であるイノセンスに、どうして傷を作るような事態になったのか。
理由は実にアホらしい。
黒の教団はそもそも、世界を終焉に導こうとしている千年伯爵を倒すべく設立された機関である。
つまりは、敵が存在しているわけだ。
そんな中、見知らぬ人間を容易く教団の内部に招くわけにはいかない。
そんな理由から、元々黒の教団の人間であるアレンの師匠も、黒の教団の幹部であるコムイ宛にアレンの紹介状を送った。
通常ならそれで問題なかったはずなのだが。
紹介状自体はきちんと教団本部に届いていたにも関わらず、それは他の多くの書類に紛れ、コムイ自身に読まれていなかったのだ。
そのせいで、突然教団にやってきたアレンは不審者扱いされ、敵を倒すべく現れた神田に攻撃されたのである。
神田もまたエクソシストであり、彼の持つ武器(イノセンス)ならば、アレンのイノセンスに傷を作ることくらいできる。
最終的に紹介状は発見され、事なきを得たわけだが。
まったくひどい目に遭ったものだ。
アレンは溜息を吐く。
なにがひどいって、神田から攻撃されたことではない。
神田から受けた傷を治す手術がひどかったのだ。
なぜ人体(とはいってもイノセンスであるが)を治療するのにドリルが必要なのか。
今思い出してもおぞましい。
トラウマになりそうだ。
僅かに憤りを感じないわけでもなかったが、それよりも、とアレンは思考を切り替えた。
黒の教団を訪れたからには、聞かなくてはいけないことがある。
ずっとずっと、気になっていたこと。
「あの、コムイさん、お尋ねしたいことがあるんですけど」
神妙な様子で切り出したアレンに、コムイは首を傾げた。
「ん? なんだい? 改まって」
アレンは一瞬躊躇して、けれどもはっきりと口を開いた。
「ここにというひとっていませんか?」
「あれ? アレンくん、ちゃんと知り合い?」
意外な人物から紡がれた彼女の名前に、コムイは目を見開く。
いったいどこでその名前を知ったのだろうか。
「知り合い……なのかな。昔、ちょっとお世話になって」
今よりもまだ、ほんの少し幼いときに、ほんの数日だけ共に過ごした女性。
長く失っていた、母親のような愛を与えてくれた彼女。
エクソシストである運命に苦しんでいたなんて、あの時は知らなかったのだ。
あの後、目覚めてから聞いた師匠の話から察するに、彼女が教団に戻っているとは考えにくい。
けれど、他に情報がないのだ。
ここで聞く以外に、どうやって彼女の情報を手にすればいいというのだろう。
少しばかりの憂を含んだ様子で言うアレンを見つめて、コムイは唐突にある可能性に気付いた。
「それっていつ頃の話?」
コムイの表情が急に真剣さを帯びたことに、アレンは気付かないようだった。
「えっと、1年半くらい前の話ですかね」
顎に指を添え、考えるような仕草でアレンが答える。
「…………」
「あの、コムイさん? もしかして彼女、ここにいるんですか?」
黙り込んだコムイを見て、アレンは尋ねた。
先程のコムイの口調は、どうも行方不明の人物について聞いているようなものではなかったからだ。
案の定。
「……ああ、うん」
コムイからは肯定の返事が返ってきた。
ぱっとアレンの表情が喜びに輝く。
じゃあ、と、アレンが再び口を開くより先に。
コムイはにこりとアレンに微笑んで言った。
「今は任務に出ているけれど、たぶんすぐに帰ってくるよ」
見付けた、彼女の空白の時間を埋める者。
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20100427