最果てへの片道切符



「うわー、今日も優雅にやってんなー」
黒の教団食堂にて。
そう言いながらの目の前に腰掛けたのはラビだった。
右手にココアが入ったマグカップを持っている。
「ラビさんもおひとついかがですか?」
「や、遠慮しとくわ」
社交辞令として尋ねたの心を察したのかは定かではないが、ラビは申し出を断った。
「そうですか」
小振りなスコーンにクロテッドクリームを塗りたくりながら、ふふ、とは微笑む。
さらに上にブルーベリージャムを重ねて口に含めば、幸せの絶頂だった。
濃厚な味わいのクリームに、手作りブルーベリージャムのほどよい甘酸っぱさがたまらない。
いくつでも食べられる気さえする。
静かにミルクティーを啜って、ほぅっと息を吐く。
「いくつかの国を回ってみましたけど、やっぱりジェリーさんの作るものはおいしいですねぇ」
黒の教団は、イギリスで唯一おいしいものが食べられる場所なのではないだろうか。
一般的に、イギリスの料理はまずいといわれている。
そんな中で、これほどおいしいものにありつける自分は幸運なのだろう。
わざわざ旅費を払わなくとも、ここにいれば世界中のおいしいものが食べられるに違いない。
うっとりとした表情で、次はどれにしようかな、と考えていると、背後から声がかかった。
「あっれー、ちゃんにラビじゃないか!」
「コムイ、またサボりかよ……」
「こんな目立ちそうなところで珍しいですねぇ」
ラビはそのままの背後に呆れたような視線を向け、は振り返りもせずに言った。
「君たちばっかりアフタヌーンティーなんてずーるーいー!」
「や、アフタヌーンティーをしてんのはだけだから。オレはココアしか飲んでないから」
ていうかコムイは仕事しろよ。
ラビがそう突っ込む目の前で、はそちらには興味がないとばかりにひたすらもぐもぐと口を動かす。
コムイにスコーンを勧めることすらしなかった。
ラビの言葉を軽くスルーしたコムイは、の隣にさっと腰掛ける。
そして、あれ、と首を傾げた。
ちゃん、ちょっと元気ないんじゃないかい?」
「……そうですか?」
わずかにの顔を覗き込むようにしたコムイの言葉に、ほんの一瞬だけの動きが止まった。
「あれ? なに? そうなの?」
そんなの様子を見て、ラビもきょとんと首を傾げる。
「……さっきまでイノセンスの訓練でしたから、少し疲れたのかもしれませんね」
無難に台詞を紡いで、何事もなかったかのようには微笑んだ。
「あれが疲れるような訓練かよー?」
「体力の基準を他のエクソシストたちに合わせないでください」
普通はあれで十分疲れます。
む、として言い返したに、ほんと体力ないなー、とラビが笑う。
これで誤魔化されてくれるだろうか。
同じように笑い返しながらちらりとコムイの様子を伺えば、彼はにこりともせず真剣な眼差しでを見ていた。
どきり、と心臓が脈打つ。
嫌な汗が背中を伝った。
ちゃん」
静かに、名前を呼ばれる。
なんですか、となんとか笑顔を保ったままコムイに顔を向けた。
彼は真面目な表情のまま口を開く。
ちゃん、なにか、あった?」
どうして、そんなに鋭いのか。
「……なにも、ありませんよ?」
自分はいったい今どんな顔をしているのだろう。
コムイの物言いたげな視線が突き刺さるのを感じながら、とりあえず微笑む努力だけはする。
ちゃん」
再び、コムイの声がの名前を紡いだ。
真剣なその視線に、頭がくらくらする。
心配するような、どこか優しげなその声に、頼ってしまっていいのではないかと錯覚した。
…………けれども。
「なにもありませんってば。コムイさんは心配性ですねぇ」
やれやれ、とわざと困ったような表情を作って笑い飛ばす。
結局、はあの白い手紙のことを口にはしなかった。
彼を、頼れるわけがない。
頼っていいはずがない。
かつての旅路でなにがあったのかを聞かれたとき、沈黙した自分が、こんなときばかり口を開くことなどどうしてできようか。
できれば傷付きたくないと思っている。
できれば苦しい道など歩みたくないと思っている。
だが、自分なりの筋は通したいのだ。
それに、今回の件はコムイが介入したところで解決するとも思えない。
唯一の解決策は、それこそ自分の命と引き換えであり、おそらく永遠に実行されないものであろうから。
本人が聞いたら否定するに違いないが、余計な心配をかけたくないと思う程度には、彼らの存在は確かに大きくなりつつあった。





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20090522