教団を逃げ出す前に比べれば、格段に真面目に訓練は受けていたはずだ。
「シンクロ率、なかなか上がらないねぇ」
「そうですねぇ」
のんびりした口調ではあるものの、己に向けられる視線が鋭いものであることをは知っていた。
だが、それを指摘したところでどうというわけでもない。
気付かないふりをして、同じように笑みを浮かべておくのが得策というものだ。
「うーん、ちゃんのシンクロ率は前から上がらなかったけど、そうなるとどうして脱出中にシンクロ率が上がったのかが謎だよねぇ」
「ですねぇ。ああ、もしかしたら束縛されない自由な環境がわたしには合ってるのかもしれませんね」
「あはは、そうかもねー」
空笑いをするコムイ。
わたしをもう1度旅に出してみますか? とは首を傾げてみせたけれど、当然その案が通るはずはなかった。





最果てへの片道切符





最初にそれを見つけたときは、気にもしなかった。
ドアの下の隙間から差し込まれたらしい、不吉なほどに真っ白な封筒に入れられた手紙の内容を軽く鼻で笑って、そのままごみ箱に捨てた。
あほらしい、というのが率直な感想である。
手紙には、エクソシストでありながらその義務をまっとうしないへの批判が延々と書かれていた。
がエクソシストの仕事をまっとうしていないことを知る人物は少ない。
無論、すぐさま犯人を特定できるほどの少なさではなかったが、少なくとも教団の幹部の人間かエクソシストであることは確かだった。
だが、はことを大きくする気も、犯人を探す気もなかった。
そもそも、あの“契約”を交わしたことを批判されることは覚悟していたし、今までこんなことがなかったこと自体が不思議なのだ。
だから、それを批判する人間がいても、気にせず生活しようと決めていた。
そして実際、はその通りに過ごした。
だが、
「ああ、もう、しつこいな」
初めてその手紙が届けられてから10日たった日、はついに疲れたような声を出した。
イノセンスを使う訓練を終えて、部屋に戻ってきてドアを開けてみれば、その瞬間目の前に散らばる無数の白い封筒。
数えなくても分かる。今日は10通のはずだ。
初めて部屋に手紙が差し入れられたあの日から、日を追うごとにその枚数は増えていっていた。
2日目には2通、3日目には3通、4日目には4通と、いっそ感心するほどの嫌がらせ具合である。
誰だよこの暇人、と心の中だけで悪態を吐いて、は律儀にそのすべての封を切っていく。
これを書いた人物はよっぽど暇人なのか、昨日までの9日間で届いた計45通の手紙は、すべて文章が違っていた。
まあ、内容的にはほとんど変わらないけれども。
今日も今日とて書かれている内容は似たようなことばかり。
だが、最後に読んだ1通にだけ、いつもとは違うことが書かれていた。

“猶予は3日。その間にエクソシストとして生きることを誓わなければ、すべてバラす”

思わず、眉を寄せた。
なぜ、今頃になってこんなことを言い出してきたのだろう。
軽い溜息をひとつだけ吐いて、は手紙を封筒の中に戻す。
そして、テーブルの下に置いておいたやや大きめの箱に、10通の手紙を紐で束ねてから投げ入れた。
2日目に手紙が2通届いた時点で、はごみ箱から1日目の手紙も拾いあげてすべてひとつの箱にまとめていた。
探偵ごっこを始める予定は今のところないが、なにかあったときには証拠になるかもしれない。
いっそ大事件のひとつでも起こしてくれれば、その人物は教団から追い出されるだろうに。
犯人がエクソシストだった場合そうはいかないが、おそらく犯人はエクソシストではない。
なぜなら、手紙はすべてがイノセンスの訓練をしている間に差し入れられているが、この10日間でホームに残っているすべてのエクソシストを訓練中に見かけたからだ。
つまり、彼らには全員アリバイがある。
しかも、証人は自分自身だ。
犯人が複数ではない限り、エクソシストが犯人ということはありえない。
それに、手紙はすべて活字で書かれている。
エクソシストの中に、そういった機器を与えられていた人物はいなかったはずだ。
「ま、残り3日だけの平穏な日々でも楽しみましょうかね」
着ていた科学班特製ジャージをさっさと脱ぎ捨てて、部屋に備え付けてもらったバスルームに向かう。
シャワーを浴びてさっぱりしたら、おやつを食べに食堂に行こう。
手紙の言葉に従う気など、さらさらなかった。





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20090223