えーと……なんなんでしょうねこの雰囲気。
は扇を手に持ったまま座り込み、男のほうはを見下ろしたまま黙り込んでいた。
そして男の視線はの持っている扇へと向けられている。
「……おい、それはなんだ」
「……へ?」
先に口を開いたのは男のほうだった。の口からは間抜けな声だけが漏れる。
彼はいらついたような表情をした。
「何故俺の六幻を受けとめられた?」
「知りませんよそんなの!」
六幻とはその刀の名前だろうか。
ていうかわたしはいつまでこの男の妄想に付き合わなきゃいけないんだろう。
が思わずじと目で男を見上げると、彼は、コムイ! と傍を飛んでいたコウモリもどきに向かって叫んだ。
最果てへの片道切符
『ん〜…もしかしたらその子の持っている扇、イノセンスかもしれないねぇ』
んでもってその子が適合者かも。
コウモリもどきから声が聞こえてきては驚いた。
最初はコウモリもどきがしゃべったのかと思ったのだが、どうも聞こえてくる声はスピーカーを通したような感じで、おそらくこのコウモリもどきは通信手段かなにかなのだろうとは予想をつける。
空を飛ぶとは画期的だ。
特許を取ればそれなりに儲かるだろうに。
妄想にその能力を使うなんてもったいない。
「で、俺にどうしろと?」
『いやだなぁ〜神田君、分かってるくせにぃ。門番の検査受けさせて中に連れておいで』
一応説明しておくが、今の今まで彼らの会話はすべて英語でなされていた。
それでもが彼らの会話を理解できたのは、日頃の努力の結果といえよう。
大学受験に向けて早めに勉強しておいて正解だった、とはひとり満足気に頷いた。
会話のなかに入っていた神田とかコムイというのはおそらく彼らの名前だろう。
雰囲気からして、いま目の前にいるほうが神田か。
がひとり自分の世界に入り込んで考えていると、頭上から突然、おいと声がかかった。
は慌てて顔をあげる。
さきほどまでとは違って殺気は感じられず、は心の中でほっと息をついた。
だがそれもつかの間、つぎに彼の言葉を聞いた瞬間、はまた凍りつくこととなる。
「俺についてこい」
「は?」
「聞こえなかったか? 俺の後をついてこいって言ったんだ」
「いやバッチリ聞こえましたけどなんでわたしがあなたについていかなきゃいけないんですか」
「来りゃ分かる」
「イヤですよ!」
「何」
「初対面なうえに自分に刀をつきつけてきたひとになんてついていくわけないじゃないですか。だいいち、怪しすぎですよあなた」
「俺からしたらおまえの方がよっぽど怪しい」
「なら連れていかなきゃいいでしょう。お互いに利害が一致しますし」
「命令だから仕方ねぇ」
ええ! なにこのひと!!
話にならない!! 殺人鬼じゃなくて誘拐犯?
わたしなんか誘拐したってたいした身代金出ないよ!
……こうなったら……、
「逃げるが勝ち!」
「なっ?!」
は叫ぶと、ダッシュでその場から逃げ出した。
扇こそ手に持ったままだったが、他の荷物は置き去りだ。
財布やケータイなど様々な物が入っており後ろ髪引かれる思いだったが背に腹は変えられない。
何より自分の命が大切だ。
男はほんのしばらくの間唖然としていたが、すぐにはっとしたようにを追い掛けだした。
その形相は鬼のようだ。
「待て!」
「待てといわれて待つひとがどこにいるというんです!」
体育の成績にはあまり自信の無いだったが、人間命の危機が迫ると思わぬ力が出るらしい。
ああ、今なら100メートル10秒で走ってそう。
距離を縮められることもなく、は好調に走っていた。
……けれど、一体どこに向かって逃げてるんだろう。
方向さえ分からないからただがむしゃらに走っているが、このままだと体力尽きて追い付かれるのも時間の問題だ。
ていうかもうそろそろヤバイんじゃない?
ぜぇ、と息を吐いたとき、は視界が明るくなってきていることに気付いた。
もしかして森抜けられる?!
よし、森を抜けたら真っ先に交番探して駆け込もう。
いけないと分かりつつ、ちらっと後ろを振り向くと、と男との距離は縮まっていた。
「ぎゃああ! 来ないでー!!」
は森を抜け切った。
うしろを見たまま、叫んで走る。
もちろん、前なんて見えていなかった。
「っおい馬鹿! この先は……!」
「……え?」
だから、反応が遅れた。
かくんっ。
男の焦ったような顔を見た次の瞬間、は空中に足を踏み出していた。
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20070907