男の言葉に、は二重の意味で素っ頓狂な声をあげた。
第一に、男が東京を村の名前かと聞いたことについて。
東京は日本の首都で、知らない人間などいないはず。
むしろ今だって自身は東京にいるつもりなのだが、こんな森が東京にあるかは謎だ。
第二に、男がここをイギリスだといったことについて。
え、なに? ここってやっぱり日本じゃないの?
男が最初、英語で話し掛けてきた時点でなんとなく嫌な予感はしていたが、実際にそうなのだといわれると、どうも疑ってしまう。
は日本からイギリスに瞬間移動したというのか。
「わたし、ついさっきまで日本にいたはずなんですけど」
最果てへの片道切符
「は?」
今度は、男のほうが不審そうな声をあげた。
当然である。だって、今の状況を信じられていない。
しかし、は嘘なんか吐いていないし、男もまた嘘を吐いていないとしたら、彼女は本当テレポートしたことになる。
「あのー、できればわたしの首筋にあてている物騒なものどけていただきたいんですけど」
テレポーテーションでもなんでもいいからこれだけは言っておきたい。
相手はほんの少しためらってから、の首筋から刀をやや遠ざけた。
そう"やや"であって、完全に遠ざけられたわけでなく、さきほどの状態が首にぴたりと表現するなら、今は首から5センチくらいである。
危険なことには変わりなかったが、とりあえず少しでも動いたら首筋に傷がつくという状況から脱出したは、ほぅと息をついて、首だけを後ろにまわした。
「コスプレイヤー?」
「は?」
「いやまあひとの趣味に文句つける気ありませんけど。いいんじゃないですか? オニーさんなかなか似合ってますし」
「おい、」
何をいっているのか分からないというような顔で、男はを見た。
あんまりジロジロ見ても悪いかなと思い、は男に一瞥だけくれてから視線をずらす。
しかし男は逆にそれが気に食わなかったようで、さらに不審信感をあらわにしながら口を開いた。
「コスプレイヤーってなんだ」
コスチュームプレイヤーの略です、と答えられる雰囲気ではなかった。
どう見たって一般的な現代日本人の格好から逸脱している彼のボキャボラリーの中には、どうもコスプレという単語は存在していないらしい。
男は、外見だけいえばたいへんみめ麗しく、街を歩いていれば女性の10人中10人が振り返るような容姿だった。
長い漆黒の髪は流れるように美しく、女であるでさえ思わず羨望のまなざしを向けてしまう。
外見からいえば、彼はほぼ間違いなくと同じ日本人であろう。
黒い瞳に黒い髪、象牙色の肌。同じ色を持つ民族はアジアにたくさんいるが、同じ民族の同胞はなんとなく分かるものである。
中国人や韓国人とは似ているようでやはりどこか違う。
それなのに英語がペラペラ過ぎて正直妬ましい。これがネイティブってやつか。
「おまえ、何者だ」
いや、それいちばん最初に答えた気がするんですけど。
は心の中で突っ込んだ。
さきほどのコスプレの意味は答えなくていいらしく、今度は鋭い声で聞いてくる。声も美しいだけに迫力がある。
「うーん……何者かと聞かれましても、実際にどんなことを答えればいいのか」
何者か、という質問に正しく答えを出せる人間はそういないだろう。
刀で脅されているため、下手なことはいえない。
「人間か?」
「はい? それ以外のなにに見えるっていうんですか」
「アクマ」
「悪魔ぁ……?」
は今自分がどんな格好をしているのか気になった。
頭に角が生えている覚えもないし、とんがったしっぽがついている覚えもない。
それともの顔が悪魔だとでもいいたいのだろうか。
そうだとしたらかなり失礼な男である。
「悪魔じゃない、アクマだ」
「はあ……?」
その違いが、よく分からない。
「その様子だと知らないようだな」
「はあ……」
「が、知らないフリをしていないとは言いきれねぇ。おまえがアクマの可能性は十分にある」
「はあ!?」
ぎらん、と男の目がひかり、彼は刀をチャキッと構えた。
いや、わたしほんとうになにも知らないんですけど。あなたの妄想の産物ですか。
わたし、コスプレイヤーの戯言になんぞ付き合っている暇はないんですけど。一般人巻き込まないでください。
は慌てた。
「ちょっ、なんでわたしがアクマとかいうやつにされてるんですか! わたしは人間です!」
「斬りゃあ分かる」
「そんな荒技な! わたしは人間ですって!」
「うるせえ、死にたくなきゃさっさと転換でもして抵抗でもしてみせやがれ」
だからわたしは人間だってば! そんなよく分かんないことできるわけないでしょ! てゆうか転換ってなに!
こんなワケわかんないひとに殺されるなんてイヤすぎる。
妄想と現実の区別がつかなくなった銃刀法違反者に女子高生が殺されるなんてニュース、シャレにもならない。
は逃げようと足に力を入れたが、体が震えてうまく立てなかった。
男が刀を振り上げる様子が見えた。
……ああ、もうだめだ。
思ったけれど、やっぱりこのままあっさり殺されてしまうなんて嫌で、はとっさに自分の持っていたカバンを盾にしていた。
――カツン!
ふつうに考えれば、革でできているカバンなんてあっさり斬られて、の体も一緒に切れてしまうのだろう。
しかし驚いたことにのカバンは男の刀を受けとめていた。
いや、正確にはのカバンの中にある"なにか"が彼の刀を受けとめていたのだ。
カバンは表面の一部だけが切れ、カバンの中に入っている"なにか"のところでその切れて目は止まっている。
「………」
「………」
お互い、しばらくの沈黙。
いち早くはっとしたはさっと身を引いて、刀に斬られたカバンの隙間からその"なにか"を引きずり出した。
「……扇?」
"なにか"はが日本舞踊部なんていう古めかしい部活の舞の稽古で使っている扇だった。
鉄や鋼などの金属でできているわけではなく、ぱっと見ちょっと荒く扱っただけで壊れてしまいそうな扇。
こんなものがあの刀を受けとめたというのだろうか。
とてもそうだとは思えなくて、もしかしたらあの刀はニセモノだったのではないかともは思ったが、実際カバンのほうはあの刀で斬られているのだ。
ほぼ本物と考えてもいいだろう。
それなら、この扇はいったいなんなのだろう?
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20070907