最果てへの片道切符





!」
「……リナリー?」
呼んだ瞬間、数メートル離れていた彼女は、ものすごい勢いでに抱きついた。
「わ、」
ほとんど飛び掛かるようにして抱きつかれたは、バランスを崩して尻餅をつく。
それでもリナリーはお構い無しで、倒れ込んだをぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「リナリー」
落ち着いてくれ、という意味を込めて静かに彼女の名前を呼ぶ。
リナリーはほんの少しだけ力を緩めて、ばっと顔を上げた。
、おかえりなさい!」
その言葉を聞いた瞬間、の眉がへにょりと情けなく下がった。
自分はこの純粋な女の子にも、ただいまとは言ってあげられないような人間なのか。
は誤魔化すように笑って、リナリーの頭に手を伸ばした。
「身長が伸びましたねぇ、リナリー」
その頭をそっと撫でながら、は穏やかにいう。
しかし他人の心に敏感な彼女は、がただいまと言わなかったことに気付いたようだった。
、ごめんなさい」
「?」
は最初、リナリーの謝罪の意味が分からず首を傾げた。
だが、リナリーが次の言葉を発した瞬間に凍り付く。
「おかえり、なんて、残酷なこと言ってごめんなさい……」
「!」
ぎょっとして、目を見開く。
リナリーは今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「私……私ね、本当はの気持ちを一番よく分かってるの」
「…………」
彼女の声は震えていた。
泣くまいと必死に拳を握って、言葉を紡ぐ。
「私も、兄さんが来てくれる前は何度も教団を逃げ出そうとしていたから」
「リナ、」
「だから! だから、ごめんなさい」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「リナリー」
これ以上彼女の謝罪を聞いていられなくて、名前を呼んだ。
はっとしたように、リナリーはと目を合わせる。
は微笑んだ。
泣きそうなその微笑みは、彼女の精一杯だった。
「リナリー。わたしは、そんなことで怒ったり、しませんよ」
リナリーを落ち着かせてやるために、ゆっくりと言う。
じわり、とリナリーの目に涙が浮かんだ。
「私のこと、嫌いになったりしない?」
「しません」
こんなにも自分を想ってくれるきみを、きらいになんてなれないよ。
「本当に、本当?」
「本当に本当です。リナリー、わたしを必要としてくれて、ありがとうございます」
ついに涙腺がゆるんだリナリーの瞳から、ぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。
泣くつもりなんてなかったのに、としゃくりあげる彼女が神聖なものにさえ思えて、はひそかに苦笑する。
どうして、この子はこんなわたしのためにそれほど美しい涙を流せるのか。
わたしは、彼女になにもしてあげられないというのに。
大切にしてもらえる理由を、わたしは捨ててきた。
“契約”なんていうずるい手段を使って、わたしが彼女たちに与えられる唯一であろうものを自ら手放した。
ただ、自分のために。
後悔はしていない。
再び手にしたいとも思わない。
わたしはやはり自分が大切だし、この世界を守ってやる義理もない。
……けれど。
けれど、わたしのために泣く彼女を見れば、心は確かに痛いと悲鳴をあげるのだ。
だから、せめて、

「ただいま、リナリー」

驚いたように、リナリーが顔をあげた。
そんなリナリーに向かって、は微笑む。
あまりにも優しいその表情にリナリーは一瞬言葉を失って、そして再び泣き出した。
もう止まらない。
心が痛くて痛くて、仕方がない。
「リナリー、泣かないで」
きみを泣かせたかったわけじゃ、ないんだよ。
先程よりも酷く泣きだしてしまったリナリーに、は少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「だ、だ……って」
またひとり、私はこの場所に縛り付けてしまった。
彼女の心の葛藤を、は知らない。
「わたしがここに帰ることを、喜んではくれないのですか?」
そう言って、は首を傾げてみせる。
彼女の答えなど、知りながら。
「そんなことない! 嬉しいよ。すごく、嬉しい」
「なら、よかった」
案の定な答えを返してくれたリナリーに、自然と笑みが浮かんだ。
一方的に抱きつかれていた状態から、自分も手を伸ばして彼女を抱き締める。
そっと背中を撫でてやれば、一度は緩んだ抱擁が再びきつくなった。
リナリーは涙を拭って笑顔を浮かべる。
「おかえり。おかえり、
「はい。ただいま」
顔を突き合わせて、同じように笑い返した
リナリーは知らない。
にとって、言葉などいかに容易に紡げるものか、リナリーは知らない。





27 ←   → 29






20081019