ほんの少し前、この村と他の村の間に、争いが起こった。
戦争と呼ぶにはあまりにも小さすぎて、歴史にも残らないようなその戦い。
しかし、その争いが両村に及ぼした被害は大きかった。
戦に兵として駆り出され、命を落としたたくさんの男。
そしてその男たちよりも多くの、残された人々。
家族を、そして恋人を失った者たちの悲しみは深かった。
だから、願ってしまったのだろう。
彼らの復活を。
再び会うことを。
そしてその想いは千年伯爵に利用され、結果として更なる悲劇を生み出してしまった。
「死者が、生き返るはずなんてないのに、ね」
それを望んだ彼らを愚かしいと嘲笑うことは、罪深いことだろうか。
わたしがエクソシストでなければならない原因を作った人々を呪うことは、責められることなのだろうか。





最果てへの片道切符





「命に別状はないようだ」
「そうですか」
アレンが眠るベッドを、はぼんやりと眺めた。
命に別状はないとはいえ、背中の傷によって熱に浮かされている姿は酷く痛々しい。
自分の身体に傷はないのに、痛い、と心が悲鳴をあげる。
泣きそうになったのをこらえて、は静かに目を瞑った。
深呼吸をひとつだけして、は目を開ける。
「……いつから、気付いていらしたんですか」
それはクロスに向けられた言葉だった。
自分自身でも予想外なほど、の喉からは低い声が出た。
クロスはに目を向ける。
も顔をあげて、やや睨む感じで相手の目を見つめ返した。
「んな怖いカオすんなよ。せっかくのカワイイ顔が台無しだぜ?」
「ふざけないでください」
ぴしゃりと言い放つが、なにぶん相手が悪い。
さらりと軽い笑みで流されてしまった。
「クロスさん。あなたは、最初からあの場所にいましたよね」
ふっ、とクロスの笑みが感じの悪い笑みに変わる。
それは間違いなく、肯定だった。
あの後、によってアクマが一掃された後、すぐにクロスはその場に現われたのだ。
“ほう、フジ子はエクソシストだったのか”
悠々とした笑みを口元にたたえて、その状態に驚きもせずに。
男の眼の見た瞬間、は全て悟ってしまった。
男、クロスが自分の正体に気付いていたことも、自分とアレンがアクマに襲われる様子を始めから見ていたことも。
彼は知っていながら、見ていながら、何もしなかったのだ。
「クロスさん、アレンくんがアクマに襲われたのを、どうして黙って見ていらしたんですか」
「それはフジ子、おまえだって同じだろう」
「……っ」
言い返せなかった。
自分の保身のために沈黙していたに、文句をつける権利はなかった。
「それにあいつは、オレの助けが無くとも大丈夫だ」
それは、信頼だろうか。
それとも、
「わたしがイノセンスを使うことを、計算していたのですか」
「まあ、確証はなかったがな」
ぎり、と奥歯を噛む。
やはり、わたしの正体を暴くためだけになにもしようとはしなかったのか。
怒りで頭がおかしくなりそうだ。
それはクロスに対しても、自分に対しても。
「…たしは……………じゃ………せん」
「?」
「わたしは、エクソシストじゃありません」
一度俯いて、けれどもすぐに顔をあげて、ほとんど叫ぶように言った。
「なにをバカなことを」
はっ、と笑いながらクロスが言う。
は息を吸った。
なるべく落ち着いた声を出すようにつとめて、口を開く。
「少なくとも、自分がエクソシストであることを受け入れたことは一度だってない」
「…………な、」
そのときが浮かべた表情に、クロスは不覚にも言葉を失った。
一体なにが、彼女をここまで頑なにさせるのだろうか。
知るのはもう少し先のこと。
はクロスを憎々しげに見つめてから、自分の荷物を手に持った。
「……短い間でしたが、お世話になりました」
「行くのか」
「もう、あなたたちとはいられませんから」
短く尋ねたクロスに、も淡々と返す。
エクソシストを目指すアレンと、これ以上一緒にいられる気はしなかった。
たとえ、彼がどんな自分であろうと慕ってくれるとしても。
「起きたら、アレンは泣くだろうな」
クロスの言葉に、は顔を顰めた。
この期に及んで、彼をダシにするのか。
しかし、どちらにしろ無駄である。
にとっての1番は、この世界に来てからずっと自身だ。
「ごめんなさい、と伝えておいてください」
それは、本心だった。
好きだと返してあげられなかったことも、自分がエクソシストだと黙っていたことも、アレンのまっすぐな愛情に対してはあまりにも不誠実だった。
せめて、謝罪だけでも伝わればいい。
「知るか。自分で伝えろよ」
しかし、クロスに両断された。
「じゃあいいです」
それならばそれでも、かまわないと思う。
想いが伝わるにしろ、伝わらないにしろ、生み出される結果は変わらない。
は相変わらずエクソシストであることを拒み続けるし、アレンは相変わらずエクソシストであることを望むのだろう。
ふたりの道が交わることは、たぶん無い。
「オマエなぁ……」
やや呆れたようなクロスの声。
あんたに呆れられる筋違いはない、と思いつつも、はそれを口には出さなかった。
「それでは、お元気で」
かわりに告げる、別れの言葉。
もう、二度と会うつもりはない。
「おい、」
「なんですか」
呼び止められて、振り返る。
「本当の名前くらい教えていけ」
は眉を寄せた。
偽名ということまで、気付かれていたのか。
少し考えるようにしてから、新しく買ったばかりのコートのポケットに手を突っ込む。
そしてとあるものを掴み取り、思い切りクロスに投げつけた。
下手をしたら窓ガラスをも割りそうな勢いのそれを、クロスは素手で受けとめる。
「あなたにじゃありません。アレンくんにです。いらないようだったら、換金でもさせてください」
それだけを言い残して、は立ち去った。
残されたクロスの手の中には銀製のボタン。
それは紛れもなく、エクソシストの団服のボタンだった。
裏を見れば刻まれているのは彼女の本名。
それを眺め、溜息を吐いてからクロスは寝込む弟子の手にそれをむりやり握らせた。
、か」
さて、目覚めたとき、弟子はなんと言って泣き叫ぶのか。





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20080817