初めは、こちらが優勢のように思われた。
相手のアクマはレベル1が数体だったし、実際それらはすぐにアレンによって破壊されたのだ。
だが、
「くっ、まだ他にもいたのか!」
辺りの家から、店から、ぞくぞくと集まってくるアクマたち。
いったい、どれほどのアクマがこの村には存在したのか。
目の前の光景に、はぞっとした。
アクマたちは次々と転換し、アレンに襲い掛かってくる。
身分を隠すは動くに動けず、ただ立ち尽くした。





最果てへの片道切符





なぜこんなときに限ってクロスさんはいないんだ!
舌打ちしたくなるのを押さえて、はじりじりと後退した。
最低限、アレンが自分を庇わなくていい程度には立ち回らなくてはいけない。
ちらり、とアレンの方を見れば、ずいぶんと苦戦しているようだった。
それもそうだろう。
彼の体はまだ未発達で、あの数のアクマたちを相手にするにはかなり不利だ。
がはらはらとしながらその様子を見ていると、突然アレンが彼女の名を呼んだ。
「フジ子、うしろ!」
えっ、と振り返る。
一体のアクマが、に襲い掛かろうとしていた。
しまった。
とっさに逃げられるほど状況を把握できなくて、はぎゅうっと目を瞑る。
それは死を覚悟しての行動ではなく、反射的なものだった。
痛みを予想したが、それに反して暖かいものに包み込まれる感覚。
ざくっ、だか、ぐしょっ、だか、よく分からない音がした。
だが、痛みはない。
はそっと目を開ける。
「アレン、くん?」
暖かさの正体、アレンに抱きしめられていることに気付いたは彼の名を呼んだ。
声が震えたのは、すぐに彼の負っている傷に気付いたから。
アレンの背中には、腰にかけてざっくりと切り裂かれたような傷ができていた。
その背後で、先程を襲おうとしたアクマがニヤリと笑うのが見える。
はアレンに庇われたのだ。
あの一瞬で、アレンはの元まで駆け付けたらしい。
彼の背中の傷から、どくどくと血が流れる。
を抱きしめていたアレンの腕は力を失い、ずるりと下がった。
「フジ、子、逃げて……逃げて、師匠を呼んで、き」
を抱き込んだまま、アレンの身体は崩れ落ちた。
「アレンくん!」
重力に従ったアレンに引きずられるようにして、も地面に膝をつく。
彼女のあげた声は、間違いなく悲鳴だった。
「アレンくん、アレンくん!」
しっかりしてください、と甲高い叫び声をあげる。
ああ、どうして。
どうしてわたしを庇ったの。
わたしよりも小さなその体で、どうしてわたしを守ったの……。
きみに負担をかけまいと思ったのに。
自分自身のために生きてとあれほど言ったのに。
わたしだって死にたいわけじゃないよ。
痛いのも嫌だよ。
だけど。だけど、
「…………っ」
ぽろり、と涙が出た。
本当は、理由を知らないわけじゃない。
その理由を思うと、やるせない気持ちになった。
「フジ子、早く、逃げて……」
そして師匠を呼んできて。
呼吸をするだけでも苦しいはずなのに、彼は再びその言葉を紡いだ。
ふるふると、が首を振る。
そんなことは、できない。
今アレンをひとりここに残したら、彼は確実に殺されてしまう。
彼にはもう、戦う力など残っていない。
大きな傷を負い、なかば意識を失いかけて、それでもを守ろうと己の身体を盾にするアレン。
かたや自分のものではない血に塗れながら、アレンに抱きしめられ、庇われている
状況は絶望的に思われた。
否、切り抜ける方法は皆無ではない。
そう、方法は確かにそこに存在した。
震える手で、は着ているコート下に手を伸ばす。
腰元のホルスターに手を触れさせたところで、は動きを止めた。
そこにあるものは、己のイノセンス、舞姫。
これを抜きさえすればいい。
けれどもの手は舞姫を掴んだままで、それを抜くことはしなかった。
どうしよう、どうしよう。
この期に及んでこんな言葉が頭をまわるのはおかしいのだろうか。
ふと顔をあげる。先程アレンに傷を負わせたアクマが、血の弾丸を放つべく構えているのが見えた。
「フジ子、逃げ、」
小さな、アレンの声。
どうしてこんなときに自分よりわたしの心配をするの。
どうして。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
ぐっと前歯で下唇を噛み締める。
ああ、だめだ、この子供を切り捨てられない。
そしてアクマから血の弾丸が放たれた瞬間、は舞姫を抜いていた。

「花ノ舞」

ぶわり。

どこからか現れたのだろうか、明らかに質量保存の法則を無視した大量の花弁が辺りに舞い散った。
その花弁は人や建物を傷付けることなく、確実に辺りにいたアクマの身体だけをまるで刃物のように切り裂く。
数多くいたアクマたちが一瞬にして昇華し、その姿を消した。
「フジ、子……?」
アレンが薄れゆく意識の中で最後に見たものは、悲しそうな表情のと、視界を埋めつくさんばかりの薄桃色の花弁だった。





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20080805