「一等車両が空いてない?」
「申し訳ございません。あいにくこの便では満員でして……」
中央庁の役人だという青年に、駅員は恐縮しながら答えた。
しかし青年は別段気分を害した風でもなく、再び駅員に尋ねる。
「それなら二等車両は?」
「それですと、他のお客様との相席になりますが……」
「構いません」
元々一等車両にこだわりがあったわけではない。
時間を急いでいた青年は、迷うことなく頷いた。





最果てへの片道切符





がらり、と車両のドアが開いた。
つい先程この列車は駅に停まったから、新たな客が乗ってきたのだろう。
特に興味のなかったは、気にせず手元の本に視線を落としていた。
「ここ、よろしいですか?」
ふいに声を掛けられて、顔をあげる。
先程乗ってきた客だろう、自分と同じくらいか、あるいは少し上の年齢かと思われる青年が目の前の席を指していた。
どうぞ、と反射的に微笑んでは頷く。
青年は一瞬目を見張ったが、すぐに無表情になった。
しかし、はそれを見逃してはいなかった。
不審に思ってさっと辺りを見渡せば、どうやら列車は混んでいるらしく空いている席は少なくて、青年がわざわざ自分の目の前の席を選んだわけではないことを知る。
しかし、よく磨かれた高級そうな革靴が少しも足音をさせなかったことを思いついて、は少し青年のことを警戒した。
再び読んでいた本に目を戻すふりをしながら、こっそりと相手の様子を伺う。
青年はごそごそと己の荷物を漁っていた。
そして取り出されたものはいくつかの箱。青年がその箱のフタに手を掛け、いったいなにが出てくるのかと僅かに身構えただったが、中身を見た瞬間脱力した。
(ホールケーキ……!?)
彼の手に、いろいろな果物で見事にデコレーションされたホールケーキと、ケーキ用のフォークが握られていた。
青年がガツガツとそれを食べ始めるのを、は唖然と見つめる。
もはや、手元の本には僅かも意識は向かっていなかった。
の視線に気付いたのか、もしくは最初から気付いていたのか、そこでようやく青年はと目を合わせる。
「貴方も食べますか?」
「はい?」
聞き返したのをどうして肯定にとったのか、青年は自分がまだ手を付けていないケーキとフォークをに差し出した。
ホールケーキを丸々1つ渡されて、は目を白黒とさせる。
「あの、わたしこんなに食べられないんですが」
たしかにホールケーキを丸々食べることを夢見たことはあるが、これはいささかボリュームがありすぎる。
そもそも、食べたいかと聞かれて頷いた覚えはなかったのに、なぜこんなことに?
青年はの言葉を微塵も気にした風はなく、さっさと食べろというように視線で促す。
は戸惑ったまま、結局そのケーキにフォークを突き立てた。
さくっ、とイチゴがたくさん乗ったタルトの生地が音をたてる。
つやつやと輝いている大粒のイチゴが、なんとも美味しそうに見えた。
青年のことを警戒していなかったわけではない。
けれど、目の前の苺タルトはたしかに魅力的だったのだ。
はぐ、と思い切って口に含めば、広がるのは品の良いクリームと甘酸っぱいイチゴの味。
クリームはよく見ると2層になっていて、下の層はレアチーズだった。
上の層はカスタードクリームと生クリームの両方が使われているらしく、濃厚だけどしつこすぎない。
イチゴは文句なしの一級品で、赤くて甘くてみずみずしかった。
それに加え、タルト生地のサクサク感。
「おいしい……」
心の底から、その声が出た。
こちらの世界に来てから、なかなか甘い物を食べる機会がなかったから余計おいしく感じたのかもしれない。
この時代、砂糖はまだ高級品であった。
それに、元の時代でも日本のお菓子ほどおいしいものは少ないのだ。
おいしくもないかもしれないものにお金を出せるほど、余裕のある旅をしているわけではなかった。
感激してまじまじとケーキを見つめていたら、ふっと僅かに正面から笑う声が聞こえた。
はっとして顔をあげるが、青年は無表情のままだ。
無表情のまま笑うなんて器用なひとである。
「これ、とてもおいしいですね。どちらで購入なさったんですか?」
先程青年が乗ってきた駅だろうか。
尋ねれば、青年はなにか考えるような様子をした後、やはり無表情のまま僅かに頬を赤く染めた。
おや、と思う。
「それは私が作ったものですよ」
「ええ!?」
驚いて声をあげた。
まさかこの青年がこんなおいしいケーキを作るような人間には見えなかったのだ。
なるほど、さっきのアレは照れていたわけか。
今度はまじまじと青年を見た。
長い金髪を緩いみつあみで結っていて、前髪はオカッパ。
おでこにふたつあるホクロが印象的だ。
「私はハワード・リンクと申します。貴方の名前を伺っても?」
「…………峰フジ子です」
しばし迷って、偽名を名乗る。
なんとなく打ち解けた雰囲気の中、それでもは警戒を怠らなかった。





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20080831