アレンからすれば、それは自分の養い親亡き後、久々に与えられた純粋な優しさであった。
「ねえ、アレンくん、きみは道具ではないんです。エクソシストの宿命とやらなんてわたしの知ったことではありませんが、どうかきみはきみ自身のために生きてください」
しかし、それと同時にその言葉は自身に向けられたものでもあった。
彼への優しさという仮面を持った、自己弁護。
それでも、がアレンに向けて言った言葉は心からのものであったし、責められるべきことではないのだろう。
「フジ子」
「はい?」
言葉を与えられた少年が、与えた少女を呼んだ。
彼女は、穏やかな表情で彼に振り返る。
「フジ子、大好きだよ」
それは、紛れもなく子供が母親を慕う姿だった。
「はい」
はゆったりと、アレンに向かって微笑む。
ふたりの手が、重なった。
そしてゆっくりと並んで歩く。
母親が同じ言葉を返してはくれなかったことに、子供は気付いたのだろうか。
母の慈愛を信じてやまない子供は。
母の本当の名すら知らない子供は。
はたして、





最果てへの片道切符





エクソシストってなんですか?
話の流れとはいえ、それはが打算的に口にした疑問だった。
の正体を知る者からすれば、それは酷く滑稽で、相手を馬鹿にしているとしか思えない言動だろう。
しかし、彼らの前で一般人を装うには必要なことだったのだ。
一度尋ねてしまえば、あとはすべて知っていることを前提で話を進めることができる。
ぼろが、出にくくなる。
そんなことを考えると手を繋ぎながら、隣にいるアレンは嬉しそうに笑っていた。
無論、彼がの思考など知るはずがない。
「楽しそうですねえ、アレンくん」
「だって、フジ子と一緒だから」
にこにこと笑う姿は、純粋に愛しいとも思う。
彼がを想う気持ちにはこれっぽっちも計算などないものだから、も自然と微笑んでしまうのだ。
そしてそれと同時に、彼女はそのことを危険に思う。
この世界に、大切なものなどいらない。
作れば必ず失うことが怖くなる。
そして、守りたくなってしまう。
それが、嫌だった。
もし仮に、本当にこの世界の神が自分をこの世界に連れてきたというのなら。
なにか大切なものを作りそれを守りたいと思うことまで、神の狙いなのではと考えてしまうのだ。
そんな考えがあるから、この世界で誰かと接するときはいつでも線を引いてきた。
けれども、そんな中でアレンとはだいぶ近付いてしまったと、は思う。
それは、彼が何も知らぬ子供であったからかもしれない。
「師匠にコキ使われるのは癪だけど、フジ子と一緒なら悪くないね!」
「かーわいいこと言ってくれますねえ」
わしゃわしゃと、の手がアレンの頭を撫でた。
細く白い生糸のような髪が、の指の間をこぼれ落ちていく。
アレンはくすぐったそうな顔をした。
ただひたすら、春の陽だまりのように穏やかで、やさしくあたたかい平和なときが流れる。
泣きたいほど幸せだと、アレンは思った。
過去になくした甘い感覚を、彼女は与えてくれる。
涙が浮かびそうになったのをこらえて、なんとか彼女にこの幸せを伝えたいと微笑んだ。





穏やかなときは、そう長く続かなかった。
とアレンが立ち止まる。
互いに真剣な表情で顔を見合わせた。
談笑は途切れ、冷たい空気が辺りを支配する。
とアレンの目の前に、男が数人立ちはだかった。
「こんな小さな村で物取りとは、物騒ですね」
男たちの身なりからそのたぐいだろうと予想をつけたは、心底迷惑そうに呟いた。
しかし、それがただの物取りではないとすぐに気付いたアレンは、を背後に庇い、男たちを睨み付けた。
「フジ子、こいつらはアクマだ」
「!」
びくり、との肩が揺れた。
それを見逃さなかったアレンがやさしく微笑む。
「大丈夫だよ、フジ子は僕が守るから」
「…………、」
そのときのの表情を、アレンは知らない。
アレンはすぐに前に向き直ると、己のイノセンスを解放した。





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20080804