木を隠すのなら森の中。
ならば、日本人が隠れるべき場所はアジア圏モンゴロイドたちの中だろう。
「この小龍包激うま〜」
噛み締めた瞬間じゅわっと口の中に広がる熱々のスープに、は表情を緩めた。
うっかりしていると口内を火傷してしまいそうなほど熱いが、それがまたよい。
こんなにおいしいのならば、リサーチしてまでこの店に来た甲斐があったというものだ。
はふはふと2個目3個目を食べながら、はこのあとの行動を考える。
(うーん次はワッフルが食べたい)
となれば、次の目的地はベルギーか。
ついでにフライドポテトも食べよう。
教団から逃げだして約1年。
の異世界ぶらり食い倒れ旅行は、驚くほど順調だった。





最果てへの片道切符





幾人かの、白を身にまとった人間が道を歩いていた。
戦いを専門にしない彼らの胸元に、化け物の的となるための印はない。
無駄なほど緊張しながら、はその横を通り過ぎる。
と、を呼び止める声があった。
「すみません、ちょっといいですか」
背後からかかった声だったので、は一瞬、自分が声をかけられたとは思わなかったふりでもしようと思ったが、コンマ秒でその考えを振り払う。
怪しい行動はできるだけ避けたほうがいい。
「なんでしょうか」
国の人間らしくぞんざいに、それでもかけられた言葉と同じ流暢な中国語で、は振り返った。
黒の教団のファインダー。
人数は4人。
最悪の場合、能力を使えば逃げられる。
うちのひとりが、前に進み出て口を開いた。
「このあたりで、よく人が消えるという話を耳にしたのですが」
「え、そうなんですか?」
それは初耳だ。
は純粋に驚いた。
中国は日本人である自分が隠れるにはかなり条件のよい場所なのですっかり長居していたが、そんな話はまったく聞いていない。
ファインダーがかぎ回っているということはアクマ関連だろうか。
それともイノセンス関連?
いずれにせよ、いまこの地を発とうとしているには関係のない話である。
ただ単純に、自分が逃げ出したエクソシストだと気付かれていないことにほっとした。
「その様子だと、ご存知ないようですね」
「……そうなりますね」
お役に立てなくてごめんなさい、喉まで出掛かった言葉をは飲み込む。
どうもこの国の生粋の人間は、ごめんなさいという言葉を気軽には口にしない傾向があるのだ。
今ここで、非もない自分が謝罪の言葉を口にするのは不自然だ。
「そうですか、お時間とってすみませんでした」
さすが教団の人間には礼儀が教育されているようである。
はそっけなく、いえ、とだけ返すと、さっさと身を翻して歩きだした。





(あぶなかった〜)
表面上だけはなんでもないような顔をしながら、は早足で町を抜けていた。
(わたしを、探しにきたのかと思った)
この地に、黒の教団のアジア支部なんてものがあると知ったのはつい昨日のこと。
偶然だった。
知ってからはいてもたってもいられなくなって、すぐにこの国を出る準備をした。
さきほど食べた小龍包が、この国で食べる最後の食事だったのだ。
なんで支部なんつー面倒なものが存在してるんだ、と心の中で悪態を吐く。
よくよく考えてみれば、本部があるのだから支部が存在してるのは当然なのだが。
(まあ、ちょうどいいか)
中国は安全だと思っていたから、ついつい長居してしまった。
せっかく現地人とタイマン張れるまで中国語を話せるようにとは思わないでもないが、身の安全には変えられない。
教団に逆戻りなんてごめんである。
監視の目が厳しくなった中、次に逃げ出す自信はない。
関所を抜けようとしたとき、遠くの方から微かに人々の叫ぶ声が聞こえてきた。
エクソシストとして訓練しているとき聴力をあげる訓練もしたのだが、どうもさきほどがいたあたりのようである。
(あー、アクマの方だったかぁ)
がいるあたりでも見えるほどの土埃が舞うのを見て、は目を細めた。
あのファインダーたちのそばにエクソシストの影はなかったから、今頃町は大惨事だろう。
その波がくる前にさっさと関所をくぐってしまわなくては。
まだ騒ぎには気付いていない役人から通行許可をもらう。
(パスポートとか必要じゃない時代でよかったー)
見て見ぬふりは日本人の性。
悪いがエクソシストだとバレるわけにはいかない。
我関せずを貫き通し、はその場をあとにした。

悲鳴が、止んだ。





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2008.6.13