かたんかたん、と汽車が揺れる。
流れていく景色を、はひとりぼんやりと眺めていた。
行き先は決めていない。
とりあえず、本部のあるイギリスとヴァチカンのあるイタリアは外すべきだろう。
灯台下暗しということわざもあるが、それはあまりにも無謀だ。
ひとつの場所に留まるのも、危険だと思う。
鎖国中の日本には中国を経由すれば行けるかもしれないが、教団側はわたしを探すとき、潜伏先として日本も候補に挙げるだろう。
もしかしたら追っ手など来ない可能性も考えたが、適合者の分からないイノセンスひとつでさえ血眼になって捜すのだから、ましてエクソシストだとはっきりしている人間を教団が追わないとは思えない。
やはり、候補から外れる。
そういえば、おいしいケバブが食べたいなー。
それならば、最初の目的地はトルコだろうか。
それとも授業で習ってたおかげでかろうじて日常会話がなんとかなるフランスから?
迷うなー。ガッツリお肉のケバブかなー? オシャレなフレンチかなー?
はのんびりと旅の計画を練り始めた。
最果てへの片道切符
「コムイ。良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
感情の読めない低い声。
電話越しでも普段以上にピリピリとした空気を察して、コムイは反射的に陽気な声を出していた。
「なになに〜? 神田君ったら〜! その切り出し方、この前読んだ小説に出てくるラブラブ夫婦の旦那さんみたいだよ!」
「電話切るぞ」
神田の額に青筋が浮かぶ。
今の神田にコムイの冗談に付き合っている余裕はなかった。
……いや、神田がコムイの冗談に付き合ったことなどそもそも皆無なのだが。
「あっ、ごめん! ごめんね!? 切らないで!? 良い方! 良い方から聞きたいです!」
はぁ〜っと、神田は溜息を吐き、受話器を持っていない方の手で額を押さえた。
「任務完了だ。イノセンスを回収した」
「えっ、もう!? 早いね!? すごいね!?」
予定通りであれば、神田たちが件の街に到着したのは昨日のはずである。
怪奇現象が起こっている土地にいると外部と連絡が取れないということはよくあるのでこんなにも早く連絡が付いたことに驚いたが、なるほど怪奇現象が解決しているのならば納得だ。
「……あいつが健闘したからな」
「あ、ちゃん頑張ってくれたんだ? あんまり乗り気じゃないみたいだから心配だったけど、必要のない心配だったみたいだね。いや〜、肉体派のキミと頭脳派のちゃん。絶対相性が良いと思ってたんだよね〜」
ウンウン、とコムイは電話に向かって頷く。
本来なら神田はこのまま怪奇現象解決までの詳細について説明するところだが、それよりも先に伝えなくてはならないことがある。
「……悪い知らせの方だが」
「うん?」
珍しく躊躇う雰囲気を漂わせながら口を開いた神田にコムイは首を傾げた。
……待て、嫌な予感がする。
“悪い知らせ”を告げようとしているのだから当然なのだが、もっと、“悪い知らせ”なんていう言葉では済まされないレベルの……。
コムイが覚悟を決めるより先に、神田はその内容を告げた。
「……あいつが逃亡した」
「え?」
聞こえていた。
聞き間違いであってほしかった。
しかし間違いなどなく聞こえていた。
「が黒の教団より逃亡した」
「………………あー……うーーん……そっか……そっかぁ……逃げられちゃったかぁ…………あー…………しくじったなぁ…………」
受話器を持ったまま、コムイはずるずるとその場に座り込んだ。
「……悪ィ」
「あー、いや、これ神田君のせいじゃないんだよねぇ。完全にボクのミス。読み誤り。彼女がボクが思ってた以上に臨機応変で柔軟な思考の持ち主だったって話」
の逃亡は、実のところコムイにとっては想定内のことだった。
無論、実際はエクソシストの逃亡など許されるはずがないので、そうならないための策をコムイなりに巡らせていたのだが。
の逃亡対策についてコムイが神田に話していなかった以上、この件について神田に責任はない。
もっと言えば、責任を負わせないために初めから話さなかったのだ。
だが、どうやら今回はそれが裏目に出たようだ。
「神田君、その“悪い方の話”についてもう少し詳しく聞かせてくれるかい? 今ならまだ追いつけるかも知れないし」
コムイの上をいく策を練った彼女が、そんな隙を残している可能性は限りなく低いけれど。
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2008.3.12