ちゃんが部屋から出てこない?」
「……ああ」
訝しげに問うたコムイに対し、神田は複雑な面持ちで頷いた。
あの惨状を見た後、気分が悪いと言って自室に籠もった
そんな彼女が、一晩経っても部屋から出てこない。
「神田くん、心当たりは?」
「…………」
神田は一瞬躊躇った。
自分でも理由が分からぬほど、ほんの一瞬。
けれど。
「実は、……」
何事もなかったように、神田はことのいきさつを説明し始めた。





最果てへの片道切符





夜が、明けた。
契約の内容でもあった清潔な部屋には、東日がたっぷりと差し込む。
その眩しさに目をつむり、はおろしたてのシーツにそっと額を押しつけた。
「さいあく……」
ぽつりと呟いて、小さく息を吐く。
「なんでこんな所にいるんだろう……」
ここに来てから、何度口にしたか分からない台詞。
夜が明ける度、これが夢ではないことに絶望する。
ぎゅっ、とシーツを握り締めたところで、部屋のドアがノックされた。
「なんですか」
また神田だろうか。
彼との鍛練は、いつも夜明け前に始まる。
先程も1度を迎えに来てくれたのだが、はそれを拒絶した。
が強くなれば、いよいよ彼らはを戦争に駆り出すだろう。
それが嫌なら、強くならなければいい。
そう、が弱ければ無理矢理戦わされることはないはずだ。
そんなことは許されるはずが無いと分かっていても、考えずにはいられない。
ちゃん、ここを開けて」
「リーさん?」
ドアの向こうから聞こえてきた声は、予想外の人物のもの。
神田から話を聞いてきたのかもしれない。
ちゃん、少し話し合おう」
「……」
静かで、落ち着いた声。
あのときもそうだった。
に、ここでエクソシストとして生きることが唯一の生存する道だと告げた、あのときも。
感情を押し殺した声で、諭すようにに言うのだ。
けれど、だって鈍いわけじゃない。
感情を押し殺すということは、押し殺さなければいけない感情が彼の心の奥にあるということ。
そしてそれは、にとって決して厳しいものではないだろうこと。
そんなことには、気付いている。
気付いていながら彼に許しの言葉を与えないは、残酷だろうか。
は立ち上がって、静かにドアに近付いた。
ドアの向こうにいる人間の気配を感じ取ろうとするかのように、そっと扉に手の平を添える。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「リーさん」
思いの他近くから聞こえた声に驚いたのだろう。
ドアの向こうの空気が少し揺れた。
「……わたしはまだ、死にたくありません」
「…………」
「この世界に、わたしの大切なものなんて存在しない」
「…………」
「そんな、わたしにとってあまりにも無意味な世界を、あなたたちは護れと言う」
「………すまない」
ただの話を聞いていただけの彼は、ようやくそれだけを言った。
しばしの沈黙が、お互いの間に流れる。
ふいに彼が今そんな表情をしているのか気になったは、おもむろにドアを開けた。
俯いていたコムイは、すぐに気付いたらしく、はっと顔を上げる。
直前にどんな顔をしていたのかは分からなかったが、顔を上げた彼の表情は酷く辛そうだった。
「リーさん」
名前を呼べば、彼はびくっと肩を揺らし、は苦笑した。
ああ、やはりこのひとは、こんなにも、
「リーさん。わたしは、あなたを責めているわけではありませんよ」
「………え?」
不思議そうに声をあげた彼の眼を、は真っ直ぐ見つめる。
「あなたが悪いわけじゃない。あなたが本当は優しいことくらい、分かってるつもりです」
相手の信用を得たいのなら、自ら好意を示す。
だから。だからこそ。
ずるいと知りながら、は優しい言葉を紡ぐのだ。
「だからどうか、自分を責めないで」
ほんの少し、儚げに微笑んでみせる。
そして。
次の瞬間、はコムイの腕の中にいた。
「ごめん。………ごめん。本当に、すまない」
君の願いを叶えられるほどの力がないボクを、許してくれ。
そう言って、コムイはを抱く腕に力を込める。
そこにあるのは男女間の愛情などではない。
ただ、子供が母親に許しを請うような、それ。
「大丈夫。リーさんは悪くない」
を抱きしめる彼は、が薄ら笑いを浮べていたことになど気付くはずも無く。
ただ穏やかなの言葉のみを信じるのだ。
そう、コムイが優しいことをは知っている。
知っていてそれを利用するが、一番責められるべき対象なのだと、知る者はまだ以外誰もいない。





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20071113