受け入れてしまえばそれまでだ。
人を信用させる手順はどの世界でも基本的に変わらないと思う。
ただ自分から好意を示せばいい。
令和に生きる女子高校生なら、そのくらいの技術は持っているはず。
それが意図的にしろ、無意識にしろ。
本心だけはひた隠しにして。
最果てへの片道切符
がこの世界に来てから1週間が経った。
「う、うう……もうむり、走れない………」
「ああ!? てめぇやる気あんのか!?」
ありません。
喉まで出かかった言葉を、は寸前で飲み込んだ。
ここで彼の機嫌を損ねると後々大変だ。
「むり、ですよ。……わたし、10キロも走ったことなんて、ありません、し」
息も絶え絶えに訴える。
全身が悲鳴をあげていた。
「体力ねぇな」
「神田さんが、ありすぎるんですよ」
の体力は日本の女子高校生としてはきわめて平均的……いや、平均よりはやや劣るかもしれないが、彼と比べられてはたまったものじゃない。
そうじゃなくても、ここ数日の半端じゃないトレーニングで全身筋肉痛だというのに。
「神田さん、少し、休みましょう、よ」
べたっ、と地面にへばりつけば、大きな舌打ちのプレゼント。
しかし、やがて軽い溜息が降ってきた。
「ちょっとだけだぞ」
「はぁい」
途端に元気になって立ち上がったに、神田はまたひとつ、溜息をつくのだった。
教団の建物の中に入ると、そこはいつもと比べてずいぶん騒がしかった。
「……? どうしたんでしょうか」
「任務から帰ってきたエクソシストでもいるんだろ」
隣に立つ神田に尋ねれば、至極まっとうな意見が返ってくる。
なるほど、とは頷いた。
ひとつの任務には、たいていエクソシストの他にファインダーの部隊がいくつかついていくものだ。
それが一気に帰ってきたともなれば、賑やかにもなるのだろう。
そう話だけは聞いていたは特に気にもせず、そのまま、その喧騒を通り抜けて食堂に向おうとした。
しかし、は途中でぴたりと足を止める。
目に入ってきた光景に、一瞬言葉を失って、唖然と立ち尽くた。
「な、んですか……これ…」
声が、震えた。
ああ? とめんどくさそうな神田の声。
鉄錆のような匂いが鼻を掠めて、は眉を寄せた。
「この位いつもの事だ。ここでは人がぱたぱた死んでいく」
神田の声が、右から左へと抜けていった。
たくさん並んだ、棺。
怪我を負い、泣き叫ぶ人々。
悲惨、としか言いようがなかった。
地獄絵巻を、現実に見ている感覚。
「……う…」
血と消毒液の混ざった匂いに、は吐きそうになる。
口に手をあてて、吐き気を堪えた。
「……おい?」
ようやくの異常に気付いたのか、慌てたような神田の声。
「かんだ、さん」
「なんだ」
「あくま、って、なんなんですか」
「………」
この状況は、いったいなんだ。
アクマとは、これほど多くの人間が死に、傷を負うものなのか。
これは、が想像していたよりずっとひどい。
「かんだ、さん。わたし、いきのこるじしんが、ありま、せん」
声の震えが止まらない。
甘ったれるな、と怒られるかもしれないとは思ったが、神田はそうはしなかった。
ただ無言で、の発する言葉に耳を傾けている。
は膝を抱えて、しゃがみこんだ。
たくさんの白い棺に、ほんの僅かな黒い棺。
あれはきっとと同じエクソシストだ。
1度も会うことの叶わなかった人間たち。
きっと、より、ずっと強かったはず。
ようやく、自分がどんな場所にいるのかは理解した。
今までは、なんとなく想像はついても、現実に感じることなんてなかったのだ。
地震などの被災地をテレビで見たひとが、支援活動に行って、予想以上の衝撃を受けるという話はよく聞く。
そう、は今まであまりにも分かっていなかった。
現場にいてなお、ブラウン管の向こうを見ている感覚でいたのだ。
ここは、地獄だ。
戦争とは、地獄そのもの。
そこに放り込まれたのだと、今更に気付かされては恐怖した。
は本当にただほんの少しだけ、長く生きる権利を得ただけなのかもしれない。
あのとき、彼の手をとっていようがいまいが、結局。
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20071008