司会席には確かにノート型のパソコンが一台置いてあった。真っ白い画面の中央には"謎を解き、パスワードを入力せよ"と大きな文字で記されている。ちらりとスクロールバーを見ればノブは短く、主催者がずいぶんと気合を入れて問題を用意しただろうことが伺い知れた。
モンスターシスター工藤
司会席の前にはご丁寧に椅子が2脚置かれていた。安室さんがパソコンの正面に座ったので、わたしも隣の席に座り一緒に画面を覗き込む。下の方へスクロールしていくと、先ほど会場内を探索した際に見かけたような記号が並んでいたり、クロスワードパズルのような問題があったり、意味深な問い掛けがあったりと用意された謎は多岐に渡っていた。いくつかの問題はわたしにもすぐ解けそうだが、全て解くには少々時間を要しそうである。一方の安室さんといえば、問題を上から下まで一通り眺めたかと思うとつまらなそうに息を吐いた。
「なんだ、拍子抜けだな」
その台詞にわたしは視線をパソコンの画面から安室さんの横顔へと移した。安室さんは特にこちらに反応はせず、カタカタとキーボードを打ち始める。そのまま問題ひとつひとつの答えを埋めていく安室さんをじーっと見つめ続けていると、安室さんは画面に顔を向けたまま居心地が悪そうに自分の首の後ろを撫でた。
「…………あの、何か?」
「んー? わたしが画面を見てる必要はなさそうだからあむぴでも見てようかなぁって」
「謎解きを手伝う気とかは」
「もうすでにあむぴが"謎は全て解けた!"みたいな顔してるのに?」
時間と労力の無駄遣いである。餅は餅屋。謎は探偵。何事もその道の人に任せるのが一番である。
「間違った回答があるかもしれませんよ?」
「あむぴが間違うような問題の答えなんてわたしに分かるわけないじゃない」
安室さんはどうしてもわたしに謎解きをさせたいようだが、わたしはその理由に気付いてしまいすっかりやる気を失ってしまっていた。このパーティーはおそらく、元々わたしにとっても研修、あるいはテストの会場になる予定だったのだろう。そう、あの安室さんの警察としての部下の人たちにとってそうであったように。どういうわけがあってそうしようと思ったかは知らないが、どうも彼は部下の研修を行うついでにわたしにどんな能力がどの程度あるか確認しておこうと考えていたらしい。
「……あの、さん、もしかして怒ってます?」
わたしの物言いになにかを感じ取ったのか、おそるおそるといった様子で尋ねかけてくる安室さん。怒ってるかですって? ……そうね、ちょっとだけ。……でも。
「それはなにについての話?」
わたしは問いに問いで返した。あからさまに怒っている態度をとって話を終わらせてもよかったのだが、なんとなく今日は少しだけ踏み込んでみようと思った。
「ええと、結局事件に巻き込んでしまったこととか……」
「とか?」
気まずそうな雰囲気を出しながら答える安室さんにわたしは続きを促す。"とか"というくらいだから他にも思い当たる節はあるのだろう。だが安室さんは黙り込んでしまった。
「…………」
曖昧な表情を浮かべる安室さん。その顔を見てわたしは察する。……そうか、なるほど、あくまでわたしに答えさせたいわけか。わたしがどこまで把握しているのかを。そして江戸川コナンとどの程度繋がりがあるのかを。わたしは小さく息を吐いた。
「そうね……他には、安室透が偽名だったこととか? 実は警察だったこととか?」
「…………」
「あとは、わたしの能力を試すためにこのパーティーに参加させようとしたこととか、かな?」
わたしが答えたのは、わたしがこれまでの安室さんとの関わりの中でわたし一人でも知り得たことだけ。その答えに安室さんは場にそぐわぬ穏やかさで笑った。
「君は存外頭がいいよね」
「存外?」
眉を寄せて、不満です! という態度を取るが、安室さんは笑みを深めただけだった。
「もうひとつの身分について、君は突っ込むかなと思っていた」
いや、そんなやばいやつ突っ込まないって。情報提供元のコナンくんにも迷惑がかかるし。わたしは空っとぼけることにした。
「なに? カフェ店員と警察以外にまだ身分があるの?」
胡乱げに見遣ると、安室さんはほんの一瞬考えるように視線を上に動かして、それから苦笑した。
「……いいや?」
「そう」
ここで突如第3の顔についてカミングアウトされても困るのでわたしは素直に納得してみせる。そんなわたしを安室さんは面白そうに眺めた。
「ほら、そういう所だよ。無防備に見えて用心深い。……僕が工藤新一の情報を調べていたことも君は知っていたんじゃないか?」
「新一を? なぁに? ストーキングするほどファンだったの?」
「ははっ、まさか。僕の恋人はさんだしね」
わたしがさも初めて知ったという風に目を丸くして答えると、安室さんは楽しそうに笑う。まぁ余裕そうですこと。
「わたしよりも新一に興味がある?」
恋人らしく拗ねてみせたわたしを安室さんは意味ありげに見つめて、それからふいに顔を近づけてきたかと思うと甘く微笑んだ。
「今は君自身の方が興味深いかな」
「今は、かぁ」
それはつまり、元々は工藤新一を目的に近付いたことを認めるセリフである。知っていたことなので今更どうでもいいのだが、それをわざわざ明言してきた意図は気になった。
「君は?」
「うん?」
首を傾げてみせた安室さんにわたしもまた首を傾げる。
「さんは、僕に興味がある?」
笑顔は崩さないまま、けれどもどこか挑むようにこちらを見る安室さんにピンときた。あー、これ、わたしにも目的があって付き合ってるって気付いてて聞いてるな。わたしはにっこりと笑った。
「興味がない相手とお付き合いするほど貞操観念ゆるくないけど?」
わたしとお付き合いしたいという男の子は世界中に山ほどいるのだ。その中で栄えあるわたしの彼氏の座を勝ち取ったのだから安室さんは誇るといい。わたしはたしかに打算的な理由で彼の告白に頷いたが、同じ肩書きであれば誰にでも頷くというわけではないのだ。
「じゃあ、僕がもう少し頑張ったらさんの本音が聞けるのかな?」
「あむぴにはいつだって本音だよぅ」
まるで誠実な恋人であるかのような台詞を吐く男に、わたしはとびきりかわいらしい声で応戦する。安室さんは「ふぅん」と目を細めた。
「でも、思ったことすべてを話してくれてるわけじゃないんだろう?」
わたし以上に言えないことが多い男がよく言う。そもそも、すべての本音を語り合っている男女など世の中にどれほど存在しているというのか。……思えども、甘ったるい美少女JKにこの台詞は似合わない。わたしはこの役柄にふさわしい、クリームたっぷりのパンケーキや色とりどりのマカロン、きらきらしたアクセサリーやコスメなどを頭の中に思い浮かべながら口を開いた。
「女の子は少しくらい秘密がある方が魅力的だっていうのがママの教えなの」
ふふん、と笑うわたしに呆気にとられたような安室さん。彼は指先でぽりぽりと頬を掻くと、浮かべるべき表情が分からずしょうがなく笑ってみたというような表情を浮かべた。そして"降参だ"というように小さく両手を上げる。
「……藤峰有希子か。そりゃあ彼女のアドバイスに僕が勝てるはずもないな」
さて、そんな腹の探り合いをしている間もわたしの優秀な恋人は手を休めておらず、パソコン上の謎解きは無事に終了していた。そして新たなヒントとして画面に現れたのは4ケタの数字。
「あの宝箱を開けるための暗証番号、とか?」
「会場内にあるヒントは今の問題で全部使い切ったしそう考えるのが妥当だろうな」
わたしたちの視線の先には会場を探索した際に見つけた電子ロック付きの宝箱。入れられる数字はちょうど4ケタ分だったはずだ。
宝箱の前まで移動し、安室さんがパソコンに表示された4ケタの数字を入力する。そして決定キーを押すと、宝箱からカチャリとロックが解除された音がした。中から出てきたのはなんの変哲もない1本の鍵。金属製の小さなタグがついており、そこには文字が彫られている。
「控え室って書いてあるね」
「……行ってみるか」