「ミステリー・パーティー?」
「はい! 招待客ひとりひとりに役が割り当てられていて、皆さんその役を演じながら起こった事件の謎解きをするパーティーなんです!」
「うーん、パパがミステリー作家だからよく勘違いされるんだけど、わたし自身は推理とか興味ないんだよねぇ」
「えっ」
「コナンくんならそういうの好きそうだしコナンくん誘ったらいいんじゃないかな。わたしから声掛けておこうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なぁに?」
「実は、恋人をパートナーに出席すると先方に伝えてしまっていて、もう役の詳細も届いてるんです」
「ええー……」
「謎解きは僕が頑張りますから、パートナーとして一緒に参加していただけませんか? ほら、演技をするのは面白そうでしょう? それに、今回は各国から人が集まるイベントなんですよ」
「確かにそれは少し面白そうだけど……あむぴ、知ってる? 物語にはセオリーがあるのよ?」
「セオリー?」
「国際色豊かな謎解きパーティー。そこに招待される名探偵と美女のパートナー……ああ、もう、ほら、本物の事件が始まりそうじゃない?」
「……本当にミステリー興味ないんですか? ミステリー小説の読み過ぎでは?」
「パパの小説は読むし、パパと新一にオススメだからどうしても読んでくれって言われた小説は読むことにしてるの」
「なるほど。でも、現実世界でそうそう事件なんか起こりませんよ。それに、安心してください、さんのことは何かあっても必ず僕が守りますから」
モンスターシスター工藤
彼氏にパーティーのドレスとアクセサリーを貢がれ、化粧とヘアメイクまで手ずから施されるというとんでもない経験をした。ちなみに彼氏はメイクアップアーティストや美容師などではなく、ただのイケメンカフェ店員である。プリティー・ウーマンごっこは楽しかったが、はたしてただのカフェ店員にこのようなお金があるだろうか? 薄々そんな気がしていたのだが、もしやわたしに正体を隠す気がないのでは……? あるいはカマをかけられている?
もやもやとした気分のまま、しかし顔にはおくびにも出さず安室さんと並び会場の入り口でシャンパンを受け取る。
ちなみに安室さんに割り当てられた役は大財閥の跡取り息子というもので、わたしはその幼い頃からの許嫁という特に捻りのない役だ。一応、キャラクターの設定まであって、安室さん演じる大財閥の跡取り息子は自分に自信のある俺様系、わたし演じる許嫁は気位の高いお嬢様である。役柄の名前はもちろん、二人の生い立ちまで決まっているという徹底っぷりで初めに聞いたときは少し驚いた。
「これ、雪之丞氏主催のパーティーだったのね」
「……知っていたのか」
会場内に入ったので、互いに役になりきって会話をする。
雪之丞正孝(ゆきのじょうまさたか)はハリウッドにも進出している有名な俳優で、国内では刑事モノや時代劇によく出演しており年齢幅の広いファンがいる。
「アメリカにいるパパとママにも招待状が来ていたみたい。それと、鈴木財閥にも。……どうやら未成年は参加不可のパーティーのようだけど?」
国際色豊かなパーティーで、しかもミステリー関連であれば両親にも声が掛かっているのではないかと思ったら案の定。仕事の都合がつかず参加は見送ったそう。園子の家にも招待状は来ていたようだが、言ったように未成年は参加不可であるため園子は連れてきてもらえなかったようだ。
「心配しなくても、今の君を見て未成年だと思う人間なんかいないさ」
「そりゃあそうでしょうとも」
なにせあなた自身がわたしをそういう風に仕上げたんだから。未成年参加不可のパーティにわざわざ変装させてまで参加させるなんて、この男わたしに何をさせるつもりなんだろう。
ため息を飲み込みつつ、知った顔はないかと会場内を見渡してみるが、主催である雪之丞氏以外の招待客はそれぞれ与えられた役になりきっており、ぱっと見では誰が誰だか分からない。よく見れば分かる人もいるけど。ある種の仮装パーティー……いや、名前まで偽りのものであることを考えればまるで仮面舞踏会のようだ。
わたしと安室さんに事前に届いた台本はとても薄く自由度が高いため、キャラクターの設定が細かいことを除けば演じるのはそう大変ではなかった。中にはとても分厚い台本を渡され、誰といつどの場所で会話するかまで決められている人もいるらしいが、おそらくプロの俳優などだろう。さしずめわたしたちはエキストラといったところか。
台本の設定がゆるいのをいいことにわたしたちは会場内を見て回り、この後起きる事件のヒントになりそうなものをあらかじめ探すことにした。不思議な模様が並ぶ絵画があったり、電子ロックの付いた宝箱があったり、意味深に並ぶ様々な色と形をしたオブジェがあったりと、推理ゲームというよりはちょっとした知能テストのようだ。これならわたしでも少しは楽しめるかな? と考えているうちに雪之丞氏の挨拶が始まったので、わたしたちはテーブルのある方へと移動した。
パーティーの参加者への感謝の言葉に、このようなパーティーを開くに至った経緯、それからミステリー・パーティーの概要説明。雪之丞氏による開会の挨拶は簡素なものであった。
「今宵のパーティーでは男性も女性も、年老いた方も若き方も、責任ある立場である方も上に従わなければならない立場である方も、名のある方もそうでない方も、各々普段の身分やしがらみを忘れ楽しんでいただきたい。……それでは、ミステリー・パーティーにお集まりいただいた皆様が無事に真実にたどり着けることを願いまして……乾杯!」
かんぱーい。声に合わせてグラスを掲げ、グラスに口付けて飲んだフリ。もちろん未成年なので実際に飲んだりはしない。隣に警察いるしね。
乾杯の挨拶から幾ばくかの時間が過ぎた頃、わたしは会場内に妙な空気が流れていることに気付いた。どんよりとして重たい、まるで泥の中に沈みゆくような気だるげな雰囲気。会話をする人たちはみんなどこか上の空で、返事もそぞろ。はたしてこれはシナリオなのだろうか?
なんとなく不安になり、安室さんの腕に自分の腕がくっつくくらい近寄ると、気付いた安室さんが手を握ってくれる。そして耳打ちされた。
「俺からなるべく離れないでくれ」
どうやら安室さんも警戒しているらしい。わたしは小さく頷き、繋いだ手の指に力を入れた。嫌な予感がする。
考えてみれば、妙な空気を感じた時点で気分の悪いフリでもして帰ってしまえばよかったのだ。そうしたらこんなことにはならなかった。こんな危険なことになんか巻き込まれなかった。
会場ではいよいよ大変なことが起こり始めていた。ふらふらと歩いて突然倒れこむ人、こくりこくりと船を漕いで崩れ落ちる人、壁際でうずくまってしまう人。ひとり、またひとりと床に臥していくというおかしな状況なのに、誰も叫び出したりしない。みんな意識が朦朧としているのだ。給仕の人も例外ではなかった。がちゃん、とあちらこちらで食器が落下する音がする。立っている人間がついに両方の手の指で数えられる程度になって、安室さんは近くに倒れている人たちの脈を取り始めた。
「あむぴ……どう?」
「脈はある」
この状況でなお演技を続行するつもりなのだろうか、それともこれが素の口調なのだろうか、安室さんは簡潔に答える。
「じゃあ生きてるのね?」
「脈はあるが……少々遅いな。それに顔色もよくない」
「……演技じゃ無理だよね?」
「……そうだな」
立ち上がってこちらに寄ってくる安室さんの腕をひしっと掴む。
「ねぇ、わたしは一体なにに巻き込まれてるの? これもしかして本物の事件なんじゃないの?」
「君の予感が当たったみたいだ」
事もなさげに返す安室さん。とんでもない事実を聞かされて、わたしは口をわななかせた。
「あ……当たったみたいだ、じゃないでしょ! だからイヤだって言ったのに! これだから探偵っていう生き物は!」
「……返す言葉もないな」
そう言って安室さんは肩を竦める。もうやだ帰りたい。というかこれからどうするの。とりあえず救急車と警察?
「えっと、えっと、119番……」
まずは人命救助が先だろう。肩掛けの小さなバッグからスマホを取り出していると、会場内に突然雪之丞氏の声が響き渡った。
『そろそろ舞台が揃っただろうか。……オホン、今なお立ち続けていられる諸君!』
わたしはぱっと顔を上げる。マイクを通したような声は聞こえるがその姿はどこにも見当たらない。冒頭の言葉から考えると録音されたテープなのかもしれない。雪之丞氏は言葉を続ける。
『おそらく諸君らは自由度の高い台本を受け取り自ら酒を飲まない判断を下した用心深き者か、あるいは勤務中ゆえに飲酒を許されない警察関係者であることだろう』
警察関係者がいることが前提? どういうことだろう。今立っているのは、わたしと安室さん含めて5人。この中に安室さん以外の警察がいるのか。
『そんな諸君らにこそ、私は挑戦状を叩きつけたい』
不穏な言い回しに、誰かが息を飲んだ気配がする。雪之丞氏の言葉は続いた。
『本日皆さんに配ったシャンパンの中には少々薬を混ぜさせていただいた。なに、善良な人間にとってはただの強力な睡眠薬に過ぎない。……だが、今夜招いた客の中には善良では無い者も多くいる。この睡眠薬は、悪い人間にとっては毒になりうる薬でね……まぁ、私個人としては悪人がどうなろうが知ったことではないが、おそらく諸君らにとってはそうではないだろう?』
なるほど、わたしが倒れていないのは未成年がゆえにアルコールを口にしなかったからか。安室さんも倒れていないということは、シャンパンに口は付けたものの飲みはしなかったということになる。それは未知のシナリオを用心してのものか、はたまた最初から警察としてこの場に参加していたためか。
『そこで、正義感の強い諸君たちのために、睡眠薬の成分とその中和方法を記した資料を用意させてもらった。無論、はいどうぞと渡したんじゃつまらない。これはミステリー・パーティーだからね。是非とも謎解きを楽しみながら資料を探してほしい。一つ目の手がかりは司会席のパソコンの中だ。それでは、諸君の検討を祈る!』
それきり会場内には静寂が降りる。隣にいた安室さんが厳しい表情で歯を噛み締めているのが分かった。……さて、なんて声を掛けたものかと悩んでいると、ひとりの男性が恐る恐るといった様子でこちらに近付き話し掛けてきた。
「あの……降谷さん。これ、本当に研修なんでしょうか……?」
研修……? これ、元々は警察官の研修の予定だったってこと……?
どうやら警察官らしい一人の男を皮切りに、残りの2名もこちらに集まってくる。皆が安室さんの言葉待っていた。安室さんは思案するように2・3秒目を閉じて、それからハッキリした口調で口を開いた。
「いや……研修は中止だ。今この会場内では本物の事件が起こっている。まだ経験の浅いお前たちを使うのはいささか不安だが、やむを得ん。これから今ここにいるメンバーで倒れた者たちの救護と使われた薬の資料の捜索、雪之丞正孝の捜索を進める。……変装の質の低さは後々指導するとして……桜庭、おまえは救急車の手配後鑑識へ連携、新井は警視庁へ連絡をとって状況説明後雪之丞氏正孝の捜索の流れを作れ。……それから風見、おまえは至急警視庁に戻って捜査班と合流しこちらへ情報を逐一報告しろ」
……なんと。わたし以外全員警察のようで。さすがにジト目で安室さんを見上げると、安室さんもこちらへ視線を寄越した。
「さんは……」
言いかけたそのとき、どこか遠くの部屋から銃声のような音が聞こえてきて安室さんは言葉を止めた。一度天を仰いで、それから観念したようにこちらを見る。
「一人で家に帰すわけにもいかなそうだな。一緒においで」
……ほんっと、やっかいなことに巻き込まれた!