「竜崎さん、手をどけてください。それはわたしのドーナッツです」
「いいえ、私の方が早く手を付けたのだから私のものです。さんこそその手を離して下さい」
「わたしのほうが早かったですよ」
「そんなことありません」
「子供相手に大人気ないです」
「結構。私は負けず嫌いですから」
 バチバチッ、とふたりの間に火花が散る。
「あの、ふたりとも、お菓子は他にもたくさんあるんですからドーナッツごときで喧嘩しなくても……」
「「松田さんは黙っててください!」」
「すっ、すみません(なんで僕がこんな目に……)」
 とLはお互い最後のひとつであるドーナッツから手を離さずに睨み合い、そんなふたりに怒鳴られた松田はガックリと肩を落とすのだった。



ちょっぴり違和感症候群



「竜崎さん。ドーナッツをかけて勝負です」
「望むところです。種目は何にしますか」
「竜崎さんはなにが得意ですか」
「ふふん、私はなんでも得意です」
「たいした自信ですね」
「事実ですから」
「その自信、へし折ってさしあげますよ」
「上等ですね。返り討ちにしてあげます」
「種目はわたしが決めていいんですね?」
「それくらいのハンデがなければ気の毒ですからね。まあ、そうしたところで私に勝てるとも思えませんが」
「いちいち勘に触る男ですね。後悔してもしりませんから」
「させられるものならどうぞ」
「それでは申しあげます。種目は……」



「やったー! わたしの勝ちー!」
 チョキマークの手を上に突き出し、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、わたしは喜んでいた。周りの人間は、小さな子供の勝利に対する喜びを微笑ましそうに見つめている。
 一方のLはというと、この私が負けるなんて……と呟きながら、自分の手の平を唖然と見つめていた。
 わたしが決めた勝負の内容は、ジャンケンだった。泣いても笑ってもの一本勝負。勝てる可能性としてはお互いに5割であったが、わたしからしてみれば1番勝てる可能性のある勝負だ。L相手に頭脳勝負を持ちかけるなんて、一般人のわたしにしたらそれこそ自殺行為である。それに、ボードゲームなんて始めたら最後、いつ終わるか分からない。その点、ジャンケンならば能力の差による有利不利は生じないし、勝負も一瞬で決まる。実に良い勝負だといえるだろう。
「くっ……私は認めない……ジャンケンなんてこんなもの……」
 負けたことがよほど悔しいのか、Lはぎりぎりと歯を合わせた。
 そんな彼を、わたしはふんっと鼻で笑う。
「往生際が悪いですねぇ。運も実力のうちですよ、竜崎さん」
 ジャンケンを甘くみちゃあ、いけません。少なくともこの日本という国においては、かなりのことがジャンケンで決まったりするんですから。
 わたしは鼻歌を歌い、戦利品であるドーナッツに手を伸ばそうとした。が。
「あれ……?」
 先程までドーナッツが置いてあった皿から、ドーナッツが消えてる。まさか、と思い、Lの方を見ると、彼は幸せそうにドーナッツを食んでいた。いつの間に。
「ちょっ、そのドーナッツはたった今わたしのものになったじゃないですか!」
「早い者勝ち、という言葉を知っていますか? さん」
「ひっ、卑怯者ー!」
 いったいなんのための勝負だったのだ。
「私はLですよ。卑怯な手法はいつものことです」
 私に対する認識が甘かったですね、とLはドーナッツの最後の一口を放り込んだ。



「まだ怒ってるんですか」
「…………」
 あれからしばらく、わたしはLと一言も口を聞いていなかった。Lから体を背け、手元の牛乳プリンをつつく。口に運べば、それは甘過ぎずしつこ過ぎず、ふんわりと口の中で溶けた。
「そろそろ機嫌を直して下さい」
 いやである。食物の恨みは恐ろしいのだ。
「ドーナッツ100個でどうですか」
 そんなにいりません。量の問題ではない。わたしはあのときあのドーナッツが食べたかったのだ。
 冷ややかな目でLを見つめると、彼は何かを誤魔化すように目の前のキャンディーをつまんだ。口に放り込んですぐ、がりっと噛み砕く音。
さん。夜神月とどういう関係ですか」
 唐突だった。わたしは牛乳プリンを食べる手を止め、じっとLを見つめる。感情の読めない瞳だった。
「わたしをここに連れてきた理由は、それですか」
 Lはしばらく答えなかった。探るような目でわたしを見つめ、口に残っていた飴の欠片を噛む。
さんはキラ事件について、世間に報道されている以上の何か知っていますね」
 それは質問ではなく、確認だった。だからといって、わたしをキラだと疑っているわけではない。もしそう考えていたのだとしたら、彼はわたしに姿を見せないはずだ。
「それがなにか?」
 躊躇うこともなく是だと答えれば、彼はいささか驚いたようだった。
 わたしはふっと子供らしくない笑みを浮かべる。そして、言葉を続けた。
「世間は、Lの顔やキラ捜査本部の人間の顔なんて知らないでしょうね」
 Lの苦笑というものを、わたしは初めて見た。



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2008.5.16