みなさんこんにちは。です。突然ですが現在進行形で誘拐犯らしき人に遭遇しております。誰か助けて。
「お嬢ちゃん、なんでも好きなもの買ってあげるからお兄ちゃんとおでかけしない?」
 お兄ちゃんという年齢じゃないだろ。そう思ったけれど相手を逆撫でしても恐ろしいので、わたしは頭を使います。
「なんでも?」
「うん、何がほしい?」
 わたしの質問にちょっとホッとしたような表情を浮かべたオッサン。ふっ、甘いな。誘拐が成功すると思ったら大間違いなんだから。
「わたし、戦闘機(推定120億円)がほしいな」
「えっ、戦闘機!?」
 にっこりと笑ったわたしに、声を上ずらせたオッサン。相手が動揺している隙に、わたしはその場から逃げ出した。



逃亡者は行く




 さっすがわたし! 誘拐犯を出し抜いたぜ! そう思ったのはつかの間だった。あの場から逃げ出した瞬間、どこに隠れていたのかオッサンの仲間とおぼしき人々が一斉に飛び出てきたのである。
 ちょ、わたしがなにしたっていうの! わたしなんか捕まえたって大した身代金出…………るかもしんない。そうだ、忘れてた。ついこの前まで違う世界でお母さんと2人きりだったけど、今は違うんだ。わたしは現在の自宅の大きさを思い浮べ、遠い目をする。うーん……確かにお金ありそう。それにお父さんわたしのこと大好きだもんなー。身代金用意しちゃいそう。こりゃ捕まるわけにはいかないよね。
 あー……この辺りに交番とかあったっけ?それとも近くの家に逃げ込むか?でも留守だったりしたらジ・エンドだしなー。とりあえず人通りの多いところまで逃げよう。全速力で走りながらそんなことを考えて、わたしはやめておけばいいものをちらりと後ろを振り返った。ら。
「ぎゃぁぁああ!!」
 逃げた当初にはかなりあった誘拐犯たちとの距離が縮まっていた。というか真後ろにいた。足速いよオッサンたち!! なに? 普段鍛えてるの? それとも今日この日のためにトレーニングでもしたの? そんなことしてる暇があったら職探せ! 浮かぶ言葉は余裕っぽいが、実際のわたしはかなり焦っていた。やばい、逃げ切れる自信無い。どうしよう、と本気で不安に思った瞬間、足がもつれた。
「ふみゅっ」
 なんだ今の自分の声、と思う暇もなく、びったーんと転ぶ。い、いたい……! 子供は頭でっかちだから転びやすいんだよ! 急いで起き上がって再び走りだそうとしたが、自分の意志には関係なく、ふっと身体が宙に浮に浮くのを感じた。
「や、やっと捕まえた……」
「っひ」
 つ、捕まった! 悲鳴をあげようとした瞬間、口元を押さえられる。その手を噛み付こうとしたら、口の中に布切れを押し込まれた。
「んぐー!」
 前を向いたまま捕まえられているため、わたしを捕まえている男の顔は見えない。体を捩ってその顔を見ようとした瞬間、追い付いてきた男の仲間にさっと目隠しをつけられて前が見えなくなった。
「んんー!」
 やだっ、こわい。この人たち手慣れてる。暴れようにも手足が上手い具合に拘束されていてかなわない。
 暫く歩いた後、車に乗せられる。目隠しをされているため、ナンバープレートだって確認できやしない。
 こわいこわいこわいこわいこわいこわいだれかたすけて。恐怖で涙が滲んだ。口に詰められた布のせいで泣き叫ぶこともできない。ただ呻くような声が洩れる。息がくるしい。車が目的地につくまで、わたしはひたすら恐怖と格闘するしかなかった。



 それから数十分もしないうちに、車は目的地についたようだった。時間はあまり経っていなかったが精神的にはもう限界で、わたしはぐったりとしたまま抵抗もしなかった。
「なんかぐったりしてますけど、大丈夫でしょうか……」
 大丈夫なわけないでしょ!誘拐犯の男のうちの1人のマヌケな言葉に、わたしは心の中ではつっこむ。
 最初捕まえられたときよりは幾分か優しく抱き上げられ、車からおろされる。
「もう少しだけだから我慢してね」
 そんな言葉と共に、頭からばさりと布を被せられた。布は大きく、足元まで隠れるようである。
 再び抱え上げられ、しばらく歩いている状態が続くと、自動ドアが開く音がした。どこか公共の建物だろうか。さきほど頭から布を被せられた理由を悟る。猿轡を噛まされ目隠しをした少女がいたら怪しいだろう。いや、わたしとしては大いに怪しんでほしいけど。そして警察に通報して助けてほしいけど。
 わたしの思考は幾分か冷静さを取り戻していた。流れるクラシックと、石鹸のような香りにここがどこかのホテルだと気付く。おいおい、誘拐犯がホテルに泊まる余裕あるのかよ。
 そんなことを考えていると、突然感じた浮遊感。エレベータに乗ったのだろう。エレベータは随時と長い間上昇していた。

――ちんっ

 目的の階に着いたことを知らせる音。
 それからほんのしばらく歩くと、そっと床に下ろされた。が、身体に力が入らずそのままぺたんと座り込む。
「ご苦労様でした。目隠しと口の中の布をとってあげてください」
 あれ? 外してくれるの?
 初めて聞く男の声。感情の感じられないその声はやたら響いて、今いる部屋が広いことを知る。誘拐犯のリーダーだろうか。
 そっと目隠しが外される。突然光が戻ってきて、目が眩んだ。しばらくまばたきを繰り返してから、部屋を見渡す。……ここってスウィートルームじゃ……? つい、と視線を部屋の真ん中にいる男に移す。先程の声は、彼のものだろう。足元からだんだん視線をあげていく。その顔を見た瞬間、ぎょっとした。
 立っていたのは、白いトレーナーにだぼだぼのジーンズをはいた男。その顔には、くっきりとした隈。
「はじめまして、さん。私はLです」
 ぱかっ、と口を開いてわたしは固まった。



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2008.5.13