依然として、キラによる犯罪者の裁きは続いていた。ただし、今のところ善良な人間は殺されていない。すべてが大きくズレる前に、なんとかしなくてはいけなかった。
「ねえ、竜崎さん。わたし、キラ逮捕には協力できないけど、キラ事件収束には協力できるよ?」
 夜神月が悪だったわけではない。無論、正義だったというつもりもないが、いわば彼は被害者なのだ。世の中を良くしたいと思う心は、一冊のノートを拾ったがために歪められた。記憶を失ったとき、彼は確かにキラを悪だと認識し、世界の切り札と共にその悪と戦おうとしていたのだから。
「ねえ、どうする? あなたが頷きさえすれば、わたしは盤を崩してあげるよ。ゲームには、勝てなくなるけれど」
 頷けば、真実は闇に葬り去られるけれど、多くの命を救える。首を振れば真実には辿り着けるかもしれないけれど、きっとチェックメイトとなるだろう。彼の、 Lの負けという形で。
「キラを見つけだすことが、勝負だったわけじゃないでしょう? あなたの仕事は、この事件を解決すること」
 Lが納得できるほどのことを、わたしは言えていない。また、誰であっても不可能だろうと思う。それこそ、彼の能力をも凌駕した夜神月でさえも。それでも、どんな安っぽい言葉であっても、わたしは紡がなくてはいけない。負けず嫌いの彼に、イエスと頷かせるまで。もとより、彼に拒否権など与えていないのだ。



たとえばそんな結末




――ぴんぽーん

 あまりにも平和な、気の抜けるようなインターホンの音が耳に届いた。
 背伸びだった状態から態勢を元に戻して、僅かに苦笑する。
 この世界で、今も多くの犯罪者が殺されているなどとは、ニュースでも見ていなければ考えてもしないだろう。そう思うほど、時は穏やかに流れていた。
ちゃん! いらっしゃい! よく来てくれたね!」
 嬉々としてわたしを出迎えてくれたのは、夜神月その人であった。彼の妙なテンションが気になりつつも、わたしも笑顔で挨拶を返す。本日、わたしは夜神月の家にやってきていた。
「ライトお兄ちゃん、これお土産ね!」
 手に持っていた紙袋をずいっと差し出す。家に入ってから渡すのが礼儀だろなんていう突っ込みは子供には通用しない。
 夜神月はそんな非礼に気分を害した風でもなく、むしろデレッとして……ん? デレッとして? いや、そんなはずはない。えーと、嬉しそうに微笑んでわたしを家のなかに招き入れた。



 通されたのは、ライトの部屋だった。
ちゃん! 飲み物は何がいい?」
「えっと、何があるの?」
 無駄にハイテンションなライトに若干引きつつ、それでも自分を誤魔化して首を傾げる。
「オレンジジュース、りんごジュース、ぶどうジュース、ピーチジュース、パインジュース、レモネード、コーラにいちご牛乳、なんでもあるよ! あ、麦茶も。この中に好きなの無かったら買ってくるし」
「りんごジュースで」
 おい、夜神家の冷蔵庫はどうなってるんだ? 明らかにジュースの種類多すぎでしょ。ていうか好きなの無かったら買ってくるってナニ!? 本人に突っ込むと疲れる予感がしたので、そこはスルーする。
「よし、りんごジュースだね? 待っててね! すぐに作ってくるから」
「うん、ありがとう」
(作ってくる!?
 部屋から出ていったライトをしばし唖然と見つめてから、はっとする。ぼーっとしている場合じゃなかった! ライトの不可解な発言なんて気にしてられるか!
 わたしは肩からかけていた小さなかばんを開き、小さな手を突っ込んだ。中から取り出したのは、ボールペンの芯。あらかじめ家で抜いてきたものである。それを手にしたまま、わたしは迷わずライトの机に向かった。わざとらしく差しっぱなしになっている鍵を回して、引き出しを開ける。
「うーん。なんかいかにも過ぎてうさんくさい」
 ばっちりと“日記”と掛かれているを見て、顔を顰める。よくこんなので誤魔化せてるな。
 わたしは引き出した引き出しの下を覗き込み、開いていた小さな穴にさっとボールペンの芯を差し込んだ。
がこっ、という音がして、二重底になっていた板が外れる。板の底からは、思った通りデスノートが出てきた。まわりには導線が張り巡らされ、差し込んでいるボールペンの芯を抜けばすぐにも引火するだろう。わたしはそのデスノートを手にすることもなく、板だけを掴んだまま、迷わずにボールペンの芯を引き抜いた。

――ボッ!

 瞬間、ノートが燃え上がった。それは不気味な青色を放ち、ぱちりぱちりと音をたてる。ノートの大部分が燃えたところでボールペンの芯を再びかばんに戻すと、わたしは思い切り息を吸った。
「きゃー! ライトお兄ちゃん! 火事ー!」
 大声で叫んぶ。すぐに、どたどたと階段を上る音が聞こえてきた。ばんっ、と部屋に駆け込んできたライトの手には中途半端に欠けたりんごが握られていた。
ちゃんっ!! 無事かい!?」
「ら、ライトお兄ちゃんっ!」
 瞳を潤ませて、焦ったような声をだす。わたし女優になれるんじゃない? ライトは予想以上に冷静で、りんごをぽーんと放り投げたかと思うと、すぐに消火器をとってきた。ちなみにりんごはベッドの上に落ちた。
ちゃん、離れてて!」
 言われたとおりにすれば、白い粉が部屋を舞った。しゅうぅ、と音をたて、炎が消える。
 やがて、静寂が訪れた。

この日、キラは世の中から永遠に消え去った。

のちに、ひとりの女性がキラの模倣犯として捕まったのは、また別の話である。



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2008.6.27