朝が来た。ベッドから起きてカーテンを開ければ、暖かい光が部屋に差し込む。すがすがしい朝だ。昨日の夜の出来事のおかげだろうか、そう思った。



エヴァレットの書




――だっだっだ……ばんっ!

 勢いよくドアを開ける音。
「お父さんお母さん見て! 元に戻った!」
 朝起きて、わたしは着替えることも髪を整えることもせずにリビングへと走った。早く体が元に戻ったことを知らせたかったから。
「あらちゃんおはよう。朝っぱらから元気ねぇ」
「ハッハッハッ。はまだ子供だからな!」
様、おはようございます」
 上から順に母、父、梶岡。お母さんはニコニコと笑ってわたしを見ていて、お父さんはコーヒーカップを傾けている。梶岡は母のコーヒーカップにコーヒーを注ぎ足していた。
 あれ? みんな反応薄くない!? お父さんにいたってはわたしのこと“子供”なんて言ってるし!
「そういえばちゃん。“戻った”って何のことかしら」
 わたしが呆然と立ちつくしていると、母はニコニコと笑ったままわたしに聞いた。
「ハッハッハッ。子供の頃に戻ったと言う意味かい? それならパパはとっくに知っているよ」
様、お召し物が少々大きいようですが……」
「!?」
 着ている物が大きい!? 最後の梶岡の言葉で、わたしはばっと自分の手を見た。
(ち、小さい……!)
 よく見れば、袖も裾も長すぎるようだ。も、もしかして小学生の姿に戻ってる!?
 ばたばたばた。慌てて自分の部屋に戻り、姿見を覗く。そこに映っていたのは予想通り、小学生のわたしの姿だった。
(っていうかリビングに降りていく前に気付けよ自分……!)
 わたしはがくっと項垂れた。



 昨日の夜のことが夢だったとは思えない。いくら元の姿に戻ることを望んでいるからといって、あんなリアルな夢を見るはずがない。ならば、どうして昨日の夜だけ17歳の姿に戻ることができたのか。考えとして浮かんだのは1つ。
(満月……)
 そう、昨日の夜は綺麗な満月だった。思えば、この世界に来た日も三日月を見ていたのだ。非現実的な話ではある。しかし、月の満ち欠けと自分の体の変化に、どうも何か関係があるように思えてならないのだ。確証を得るためには、もう1ヶ月待たなくてはいけないが。
(どっちにしろ、わたしの小学生生活は続くのか)
 たとえ満月の晩だけ元の姿に戻ることができたとしても、その時以外は小学生の姿なのだ。やはり元に戻るには愛する人の口付けが必要か。
「そんなの無理だよ……」
 1人小さく呟く。今の姿で恋愛などできるはずがない。できたとして、相手は小学生だ。好きになることは不可能だろう。ああ、なんて心細い。家庭が幸せでも、両親が元気でも、友達がいてもこの心細さはどうにもならない。誰かと共有できるわけでもない、この実状。
(コナン君は、どんなことを考えて日々を過ごしてるのかな……)
 多少境遇は違うが、彼もまた実年齢は高校生なのだ。辛くないはずがない。まして愛しい女性がいる彼ならば。
(それでも、解毒剤を使って元に戻る方がまだ現実的だ)
 大変なことに変わりはないけど。小学校までの道のりを歩きながら、外見だけは小学生のわたしはまじめな顔をしてそんなことを考えていたのだ。



「おはよう」
 おはよう、と返事が返ってくる。わたしの心の中なんて知るはずも無く、この学校の児童たちは今日も元気で平和に暮らしている。
ちゃん、算数の宿題やってきてる?」
「え。宿題?」
 そんなのあったっけ? 聞くと、わたしに話しかけてきた少女、歩美ちゃんは困ったような顔をした。
「ほら、昨日の帰りに配られたプリントの」
「ああ! アレか」
 ガサゴソと机の中を漁り、1枚のプリントを取り出す。1+1、2+3、4+1、5+8……問題は全部で20問。プリントに書かれている数字の羅列に、わたしは思わず顔を引きつらせた。
(か、簡単過ぎ……!)
 そうか。今はわたし小学1年生なんだ。変なところで実感する。
ちゃん大丈夫……? 手伝おうか?」
 引きつったわたしの顔をどうも違う方向に捉えたらしい。歩美ちゃんは心配そうに聞いてきた。わたしは慌てて言う。
「ああ、うん。大丈夫だよ。朝の会までに自分でなんとかするから」
 寧ろ1分と掛からなそうだけど。
 じゃあ分からないところがあったら言ってね、と心配そうにしたまま歩美ちゃんは自分の席へと戻っていった。良い子なんだけどね……とわたしは苦笑する。もしわたしと彼女が本当に同じ学年だったら、親友にでもなっていただろう。
 結局、算数のプリントを30秒で終わらせて、わたしは机に突っ伏すのだった。



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2006.11.10