手の中には小さく折りたたまれた紙が1枚。わたしはごくりと唾を飲んでその紙を開いた。開いた紙の中心には、小さく「4」と書かれている。わたしは顔を上げて黒板を見た。よしっ! と黒板を見たわたしは小さくガッツポーズを作る。今は、席替えの時間だった。そしてなんとわたしが引き当てた席は、窓側の後ろから2番目。特等席だ。普段、クジ運のないわたしではあったが、今日は違うらしい。近頃苦労しっぱなしのわたしへの神様からの贈り物だろうか。まだ何もしらないわたしは、のんきにそんなことを考えていた。
エヴァレットの書
正直、やってられないと思う。
今の時間、本来なら国語の授業の時間のはずなのだが、先生の都合で自習になっていた。課題のプリントが1枚。 国語の授業なのに、なぜか算数のプリント。まぁ特に問題は無いけど。本当ならば高校生のわたしには、小学1年生に出された問題なんてあまりにも簡単で、ものの数分で終わらせてしまった。どうでもいい話ではあるが、正確に言えば2分34秒。この前出された宿題のプリントよりも問題数が多く、さらにその中でも文章題が多かったので書くのに時間は掛かってしまったが、まあもちろん難なくこなした。見直しもバッチリだ。
……とまあこんな話は置いておいて。この自習の時間が終わるまで残り約40分。さて、何をしようかと考える。ちらりと横に一瞬目を向けて、すぐに目の前のプリントに視線を戻してからわたしは「はぁー」と実に小学生らしくない重い溜息をついた。べつに残り40分なにをしようかとか、あまりにも簡単な課題プリントで悩んでいるわけではなくて……。
「ちゃん、どうしたの?」
…………これだ。近く、いや、隣の席にいたコナン君がわたしの顔を覗き込むようにして聞いてきた。まだ出会って間もないこともあって、聞き方は控えめだ。なかなかカッコイイ同年代の男子に顔を覗き込まれたら、普通の女子は頬を染めるところではあるが、いくら彼の正体が工藤新一だとしてもさすがに小学生の姿とあってはときめかない。しつこいようだが、わたしは本来高校2年生だ。ていうかこのひとに「ちゃん」付けで呼ばれると、ぞわっと鳥肌が立つような気がするのは何故だろう。失礼な話ではあるけれど、彼の本性というか正体を知っているわたしとしては、今の彼の行動は至極気持ち悪くみえる。言い直そう、気色悪くみえる。まあその2つの言葉、感覚としてはあんまり変わらない意味を持つんだけれど。とりあえず黙っていても怪しいので返事をしなくては。
「えーっと、なんでもないよ、大丈夫」
にこりと笑顔を作って、わたしは答える。あ、やばい。自分いまちょっと顔引きつった。しかしそれも仕方ないと思ってほしい。わたしの溜息の原因は、他でもないこの目の前の少年江戸川コナンにあるのだから。いや、べつにコナン君に何か酷いことされたとかじゃなくて。彼がわたしの隣の席であることが問題なのだ。さっきの席替え、良い位置だと喜んだのもつかの間。わたしの隣の席はコナン君だった。別に彼のことが嫌いなわけじゃない。寧ろコナンの漫画にハマっていたくらいだ。彼のことは好きである。……一応付け足しておくが、ラブではなくライクという意味で。何も考えていなければ、彼の隣の席になったことを素直に喜んでいただろう。そう、何も考えていなければ。実際のところ、わたしはいろいろと考えてしまっている。彼、コナン君は、鋭い洞察力と推理力を持っているのだ。わたしが実は高校2年生であることも、その理由も世間には隠しておかなければいけない。けれど、鋭い観察力を持つ彼には気付かれてしまう気がしてならないのだ。常に近くにいるとなれば、それだけその可能性は高くなる。別に、コナン君が真実を知ったとして、誰かにその事実を話すと思っているわけではない。けれど、バレるのはやはり怖い気がした。コナン君と、高校生として会話できたらどんなに楽かとは思う。しかし、このことには両親や国家が深く絡んでいるのだ。簡単に他人に話せることではない。コナン君がその姿になってしまった原因とわたしが小さくなってしまった原因が同じならばまだ協力し合うことも出来るが、実際のところその原因は違うのでそうするわけにもいかない。だから、良い席を取ったと喜んでいたわたしではあるが、結局クジ運は悪かったということだ。やはりいつも通りに。
はぁ……と思わず再び溜息ついたわたしを、コナン君が怪訝そうに見つめてくる。そして、彼は口を開く。
「ほんと、どうしたんだ?」
「え」
先程よりはいくらか砕けた口調だ。しかし、あなたの隣の席になったことを悩んでましたなどとは口が裂けてもいえない。どうやってごまかそうかな〜と考えて、わたしは良い方法を思いついた。わたしは少し慌てたような顔を作って、口を開いた。
「ほ、ほんとうになんでもないよ! 別に算数の問題が解けないとかで悩んでるわけじゃないから!」
事実である。
しかし、通常ならこういった台詞は、問題が解けない人間が嘘をついていうものだ。きっと彼も、そうとるだろう。わたしの目的はただ、話をそらすところだけにあった。案の定コナン君は、ははーん……分かったぞ、という顔をした。うん、見事に策にハマってくれて嬉しいよ名探偵君。
「オメー、分かんない問題があるんだろ」
「ち、違うよ」
うん、本当に違うよ。正直言って100点満点の自信があるくらいだよ。しかしわたしはわざととまどったように返す。
「分かんない所言えよ。教えてやってもいーぜ」
にやり、とコナン君が笑った。おー、悪い顔。なかなかSッ気のある方ですね。
「い、いいよ別に……もう全部終わったし」
コナン君から視線を外しながら、わたしは言う。もちろん演技だ。
「まだこの時間が始まって5分もたってないぜ」
「……でも、終わったもん」
「なら、プリント見せてみろよ」
「え……」
「全部終わってるんなら、問題ないだろ?」
「コナン君が全部終わってなかったら、答え教えることになるじゃん。さっき自分でたった5分しか経ってないって言ってたくせに」
負けじとわたしは返した。うん、我ながら上手い切り替えし。もちろんコナン君が解き終わってないなんてこれっぽちも思っていない。
「それなら、いっせーのせで見せあおうぜ」
なぜそこまで粘るんだコナン君。諦めてくれ、わたしは本当に全問といてるんだ。
「えーどうしようかなー…」
見られたら見られたでまずい気がする。今更ながらに思う。ちゃんと問題を解き終えているのに、さっきの発言は怪しい。あんまり後先を考えずに喋っちゃったなぁ……まずい。うーん……と、わたしが真剣に考えている時だった。ぱっ、と手に持っていたプリントが消えた。あ、と思ったときにはもう遅い。
「……コナン君!」
「隙あり」
コナン君の手には、わたしが持っていた算数のプリントが握られていた。
彼は不敵に笑う。そして、どれどれ……とわたしの解いたプリントとコナン君が自分で解いたプリントを見比べ始めた。ああ、まずい。コナン君の表情が、段々驚きのものへと変わっていく。最後の問題確認し終わったのか、彼はばっと顔を上げてわたしを見た。
「……ほんとに、全部といてたんだな」
「…………だから言ったじゃん」
ちょっと気まずい。
「じゃあさっきの発言はなんだよ」
「嘘はついてないよ」
「…………」
そういってしまえば、彼は言い返せない。
「……溜息の、理由は?」
「秘密」
「……そっか」
最初からこういうべきだったかもしれない。今度は密かに、心の中で、わたしは大きい溜息をつくのだった。
今回の件で、わたしとコナン君はかなり打ち解けたといってもいいだろう。しかし、それと同時にコナン君はわたし、という人間に、疑問を持ち始めたのも確かだった。