これはなんということか。自室と繋がっている広いテラスで、わたしは呆然と立ち尽くしていた。
美しい満月に照らされて、わたしの影は長く伸びている。そう、長く。
「大きい……」
 自分の手をまじまじと見つめて、わたしは呟いた。
「元に、戻った……?」
 てゆうか服きつっ…!ウエストがゴムのスカートじゃなかったらとんでもないことになってたよ……。とりあえず、着替えてこよう。誰にも見られてはいないが、異様に短いスカートを押さえながらわたしは自室に入った。



エヴァレットの書




 夜も遅いし親に報告するのは明日でいいか。色々と煩いだろうしな。お父さんとかお父さんとかお父さんとか。
 再びテラスに立ちながら、わたしは月を仰いだ。……綺麗。そういえば、わたしがこっちの世界に来たときも月を見ていたんだっけ。あの時は、三日月だったけれど。ふぅ、と息をついて外の風景を眺める。
(……ここは、違う世界なんだ)
 今まで暮らしてきた世界とは違う眺め。ほんの少し似ているけれど、やっぱり違う。突然のことだったから、友達に別れすら言えなかった。月を見たせいだろうか、なんとなく感傷的になる。
(あーやだやだ。部屋に戻ろっと)
 そう思って部屋に入ろうとすると、どこからかパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。その音は、段々近付いてくるようだった。わたしは部屋に戻るのを思いとどまって、再びテラスへと目を向ける。瞬間、わたしは「あ」と声を出しかけて自分の口を押さえた。
 テラスに降り立った、白い影。影を白いと形容するのはおかしいだろうか。しかしわたしにはそう形容するのがふさわしいように思えたのだ。
「……怪盗キッド」
「こんばんは、美しいお嬢さん。ほんの暫くの間、私を警察から匿って頂けませんか?」
 そう言って、優雅な笑みを浮かべる。……ヤバイ。カッコイイ。な、なんでこんな所にキッドがいるんだ…! ああ神様……! ミーハーなわたしを許して! ……はっ! いかんいかん。落ち着け自分!
 ……どうでもいいけど、この人はわたしが自分をケーサツに突き出すとは考えないのだろうか。いや、実際突き出すつもりは無いのだけれど。
(これがキッドじゃなかったら、さっさとケーサツに突き出してるんだろうなぁ……)
 遠い目をして、フッと笑う。キッドはまさかわたしが自分の正体を知ってるなどとは思いもしないだろう。彼は小さく首をかしげて、こちらをじっと見つめた。綺麗な目。片方はモノクルで隠されているけれど、それはよりいっそう彼の瞳を美しく見せていた。わたしもしばらくキッドを見つめていると、ほんの一瞬かれの表情が歪んだ。まるで何かの苦痛に耐えるように。わたしはそれを見逃さなかった。彼の目から視線を外して、彼を上から下まで眺めた。先程までは暗くて気付かなかったが、よく見れば彼の真っ白いスーツの手首の辺りに影。……血だ。わたしの視線に気付いたのか、キッドは申し訳無さそうにわたしを見つめて言った。
「すみません、テラスを汚してしてしまいましたね」
 言われて気付いた。確かに、少量の血液がテラスの床に滴っている。
「……怪我してるのね」
 彼は無言で苦笑いを浮かべた。
「ちょっと待ってて……そこから動かないでね!」
 言い残し、わたしはバタバタと自室に駆け込む。
「あー……アレどこにあったっけ?!」
 救急箱を探し出して、わたしはいそいそとテラスに戻った。
「キッ……あれ?」
 キッドがいない。動かないでって言ったのに。信用されなかったのかな……。警察を呼ぶとでも、思われたのかもしれない。……仕方ない、か。しゅん、として部屋に戻ろうと後ろを振り返った瞬間。
「ぎゃっ!!」
 色っぽくも可愛くもない悲鳴がわたしの口から出た。
「もう部屋にお戻りになられるのですか、お嬢さん」
「き、キッド……」
 いつの間に移動したのだろう。向いた先には、もういなくなってしまったのかと思っていたキッドが立っていた。



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2006.11.3