「オメーなにやってんだよ……」
「黒羽くん……」
 しばらく放心状態だった僕に声を掛けてきたのは黒羽くんだった。
「やりたかったの、こういうことじゃねーんだろ?」
 僕のしようとしていたことなんてお見通しらしい。そうさ、君を急き立てて、本気出した君にテストで満点でもとらせて、「よほどちゃんが好きなんだね」とでも言って、僕は舞台から華々しく退場するつもりだったんだ。そうすれば君と彼女のことを素直に認められる気がした。それなのに……。
「お、おい元気出せよ……」
 がっくりと項垂れる僕に黒羽くんが言う。まさかライバルから慰められる日が来ようとは。
ちゃんに……ちゃんに大嫌いって言われた……」
 ショック過ぎてどうしたらいいのか分からない。
「あいつも本気じゃねーって」
 なんでオレが慰めてるんだろう、という表情で黒羽くんが言う。僕の方こそなぜ黒羽くんなんかに慰められているのか謎だ。
「君のせいで僕の計画が目茶苦茶だよ……君にはいつも思考を狂わせられる」
 彼女の選んだ道ならば祝福するつもりだった。たとえ彼女の選んだ相手が自分のライバルだったとしても。そう、とうに勝負なんてついている。それでもあんな賭けを持ち掛けたのは、ライバルへのほんの少しの嫌がらせと、自分自身の心にケリをつけるためだった。今回の計画が失敗してしまったのは、彼女の性格を見誤ってしまったことと、あまりにも彼女が黒羽くんを想っていることに嫉妬してしまってついつい言い過ぎたのが原因だ。
「へーへー、すんませんね」
 まったく心の籠っていない様子で黒羽くんが言う。僕は彼の方を見遣った。
「なんで君なんだろうね……僕の方がずっとずっと前から彼女を好きなのに」



エヴァレットの書




 本当は冷静になってみれば分かることなのだ。探くんがわたしのことを思ってあんな行動に出たことくらい。
「スカートの中見えるぞ?」
「!」
 中庭のベンチで膝を抱えていたわたしは、突然背後から声を掛けられて飛び上がった。腹筋と背筋を駆使し、なんとかベンチから落下するという事態は免れる。
「……スパッツはいてるもん」
 わたしは振り返らずに答えた。
「そりゃ残念」
 膝を抱えるわたしの隣に、快斗は腰を下ろした。わたしはますますぎゅうっと膝を抱えて縮こまる。
「……探くんとのこと? 謝れって?」
 自分でもちょっと反省しているのだ。快斗がなにを言いに来たのかくらい分かる。
「なんだ、分かってんじゃねーか」
 案の定、快斗はそう言って笑った。
「で? 探くんとデートでもしてやれって?」
 なんだか悔しくてかわいげのないことを言ってしまう。本当に頷かれても困るのに。
「そこまで言ってねーよ……というか、それは断固阻止する」
 けれど快斗はそんなわたしの安い挑発になんて乗ったりはしなくて、寧ろわたしが安心できるような言葉をくれる。付け加えられた一言がわたしにとってどれほど嬉しいか、快斗に分かるだろうか。ちらり、と快斗の方に視線を向けたわたしを見て、しょうがないなぁというように快斗は笑った。
「なぁーにいじけてんのちゃん。オレが白馬の味方すんのが気に食わない?」
 快斗の手がわたしの方に伸びてきて、その手がわたしの頭を無造作に撫でる。まるきり子供のような扱いだ。実際、自分の今の行動がとても子供染みていることに気付いて、急に恥ずかしくなった。
「そういうわけじゃ……」
 もごもごと口籠るわたしを、わたしの頭に手を乗せたまま快斗がじっと見つめる。
「オレはさ、オメーと白馬に仲違いしてほしいわけじゃないの」
「…………」
 分かるよ、分かってる。快斗と探くんはライバルだけれど、それはそれだけ相手のことを認めているということでもある。口に出したらふたりは否定するだろうけど、彼らは仲の良い友人同士なのだ。よしよし、と今度は優しく頭をなでられて、わたしは目を閉じた。心が凪いで、なんだか素直な気分になってくる。
「好きな子が大切にしていた人間関係なら、オレはそれを大事にしてやりたいわけ。……だから、あいつともちゃんと仲直りしろよ」
「うん…………えっ!? 快斗今……」
 素直に頷いてから、私ははっと目を開ける。快斗はニヤリと笑った。
「全部解決したらな」



 放課後、わたしは探くんたちのいるクラスに来ていた。ちなみに探くんが今日掃除当番ではないことは快斗から調査済みである。視界の端に快斗を見付けたが、こうして素直に探くんに謝りに来ているのがなんだか照れ臭かったので、気付かなかったふりをした。
 わたしはちょうど教室を出ようとしているところだった探くんの前に立つ。緊張でちょっと睨みつけるような感じになってしまったのは許してほしい。
「探くん」
ちゃん……」
 探くんの表情は暗かった。こんな顔にさせたのは自分なのだと思うと、とても申し訳ない気持ちになってくる。わたしは意を決して口を開いた。
「一緒に帰らない?」



 帰り道をわたしと探くんは暫し無言で歩いた。いつ切り出そう、なんて切り出そう、と考えているうちに、気が付くと別れる道は目の前だった。わたしは立ち止まる。それに合わせて、探くんも歩みを止めた。
「さっきはごめん」
 たくさん言葉を考えたのに、結局口から出てきたのは簡単な一言だった。
「僕の方こそ、ごめん」
 俯いていた顔を上げると、探くんと目が合った。わたしは少しだけ目を伏せる。
「探くんのこと、嫌いなんて思ってないよ。大切な幼馴染だと思ってる。……でも、告白には頷けないし、デートもしない」
 ようやく、告白の返事ができた。する返事が決まっているのに返事をできない状況というのは存外きついものだ。
「……他に好きな人がいるから?」
 そう問う探くんの声は、喧嘩してしまったときとはうって変わって穏やかだった。
「……うん」
 だからわたしも素直に頷く。
「黒羽くん?」
「…………うん」
 はぁ、と大きな溜息が聞こえた。わたしは探くんの様子を覗う。彼はほんの少しの間黙りこんで、それから口を開いた。
「……黒羽くんに泣かされたら、すぐに僕に言うんだよ」
 そうしたら、僕が彼を懲らしめてあげる。そう口にする探くんの表情は悪戯めいていて、けれど、やはりどこか寂しげだった。
「……快斗のこと、認めてくれるの?」
 わたしの問いかけに探くんは苦笑する。
「大切な幼馴染と仲直りさせてくれた男を認めないわけにはいかないだろう?」
「! 探くん……」
 ああ、そうか。本当に探くんは全部知っているんだ。もしかしたら、探くんにも快斗はなにか言ったのかもしれない。わたしたちが円滑に仲直りできるように。快斗……。こんなときにだってわたしは快斗の優しさを見付けて、快斗のことばかり考えている。もうどうしようもない。だってわたしが好きなのは快斗なのだ。
「本当はすごく悔しいよ。……けれど、彼にならちゃんを任せてもいいかなって思えるんだ」
 その言葉を穏やかな声で紡ぐのに、どれほどの気力を要するのだろう。ごめん、と言いかけて、けれどそれは違うと気付いた。
「ありがとう。探くんは大切な大切な、わたしの幼馴染だよ」
 探くんは嬉しそうに、寂しそうに、「ありがとう」と笑った。



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2013.1.29