“Kid the Phantom thief”

 キッド・ザ・ファントム・シーフ、それは怪盗キッドを示す名前。つまり、この晩餐会を主催したのは怪盗キッドだと探偵たちは言っているのだ。
「……気に食わない」
ちゃん?」
 ぽつり、と小さな声で呟くと隣に座っていた白馬くんだけがが反応した。
「怪盗キッドがこんな物騒な屋敷に探偵6人も集めて宝探しさせるなんて悪趣味なことするはずがないでしょ」
 不満気にそう言えば、探くんは苦笑いしてまあまあとわたしを宥める。
「僕もそう思うよ。彼に血の色は似合わない。……けれど、彼に着せられた濡れ衣を晴らすための準備を僕たちはしてきただろう?」
「……そうだね」
 キッドは泥棒だけど、人は殺さない。信念がある彼に、探くんは探くんである種の敬意のようなものを抱いている。
 今は来るべき時を待とう。探くんの言葉にわたしは頷いた。



エヴァレットの書




 わたしたちの前には、食後の紅茶が並べられていた。ちなみにこの紅茶、ティーカップの取っ手の繋ぎ目の上部分に青酸カリが塗られているので要注意である。考え込むと指を噛む癖のある大上さんを狙って千間さんが塗ったものだ。他に指を噛む癖のある人がいたらどうするつもりだったんだろう。
「ここでひとつヒントを与えよう」
 食事の間中この屋敷で起こった惨劇について語り続けていたスピーカー付きのマネキンは言った。
 ヒント、とマネキンは言うが、実はこれこそ主催者たちが探偵たちに解いてほしかった暗号である。
「ふたりの旅人が天を仰いだ夜、悪魔が城に降臨し、王は宝を抱えて逃げ惑い、王妃は聖杯に許しを乞い、兵士は剣を自らの血で染めて果てた」
 マネキンは詩を歌いあげるかのように言葉を紡いだ。それは、宝の在処を指し示すヒント。
「そ、それってさっきの……」
「苦労しましたよ、この館に残る惨劇になぞらえて暗号を作るのは」
 みんながまるで人間と対峙するかのようにマネキンと会話している中、マネキンのスピーカーが実はカセットテープに繋がっていることを知っていたわたしはぐるりと全員を見渡していた。そしてひとりの人物に目を止めて、静かに息を吸う。さて、再び悲劇が繰り返される前に幕を閉じてしまおう。わたしは探偵ではない。けれど、誰よりも真実を知っている。語ることは許されない、かつてこの世界を描いた作品がある世界に住んでいたわたしだけが知っている秘密だ。わたしは口を開いた。
「大上さん」
「なんだね」
「ずっと気になっていたんですが、親指を噛むの、クセなんですか?」
 大上さんはわたしの言葉ではっとしたように口に運ぼうとしていた親指を見た。
「あ、ああ、いや、考え事をするとついな」
 わたしは薄く笑った。そして澄ました顔で言う。
「そうですか。あなたは先程あまり熱心に食器を拭いていないようだったから、きちんと手を洗ってからの方がいいと思いますよ」
 実はわたしたちは食器に毒が塗ってあるかもしれないからという理由で食事が始まる前に各々自分の食器を拭いていた。けれど、この晩餐会の主催者のひとりである大上さんはそれを怠っていたのだ。大方、千間さんとふたりで立てた計画では食器に毒を塗る予定がなかったから気を抜いたのだろう。
「全員の様子を見ていたのか?」
 大上さんは何かを誤魔化すようにわたしに尋ねる。
 わたしは頷いた。
「ええ。だって、もしもみんなと違う反応をしたり行動をとっている人間がいれば、その人が一番怪しいでしょう?」
「大上さんあんた……」
 わたしの言葉で、茂木さんが訝しむように大上さんを見る。食堂にいる全員の視線が彼に向けられた。
「ち、違うっ! ワシじゃない! こっ、これは……これはその娘の策略だ!!」
 大上さんがわたしを指差して叫ぶ。その様子に、わたしは思わず乾いた笑い方をしてしまった。
「策略? わたしの?」
「そっ、そうだ! おまえこそ“神が見捨てし仔の幻影”を名乗り、ここに私達を集めた人物なのだろう!?」
「……大上さん」
 必死に言葉を重ねる大上さんを止めたのは探くんだった。
「僕たち、ここに来る前に登記所に行ってきたんですよ」
 静かな声でそう言うと、探くんは自分の懐から折りたたまれた紙を取り出した。
「!」
 大上さんの顔に動揺が走る。
「そこでこの館の登記記録を確認してきたんですが……この館、一体誰の名義だったと思います?」
 スッと探くんの視線が大上さんを射抜く。
「謀ったな!!」
 ガタン、と大上さんが立ち上がった。
「謀ったなんて人聞きの悪い。誰かが使う食器に毒を塗るなんて、貴方の方こそ立派な殺人未遂ですよ?」
「食器に毒!? わ、ワシは知らんぞ!?」
 言ってから大上さんははっとしたように隣にいる千間さんを見た。そう、わたしたちが使う食器に毒を塗ったのは大上さんではない。
「千間ぁぁああ! お前かぁぁあああ!!」
 大上さんの席が床に倒れた。激昂した大上さんが千間さんに掴みかかる。咄嗟に探くんが大上さんを羽交い絞めにしようとしたが、体格に差がありすぎて上手く動きを封じられないようだった。ガチャン、と食器の割れる音がした。小五郎さんと茂木さんが机を乗り越えて反対側の席まで行き、白馬くんに加勢する。大上さんの手が千間さんから離された。その勢いで床に倒れこんだ千間さんにわたしは駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「……すまないねぇ」
 幸い、千間さんはどこも痛めた様子はなかった。わたしは千間さんが立ち上がるのを手伝って、なるべく大上さんから離れようと彼女を移動させる。
「えええい! 離せ!!」
 男3人に取り押さえられながらもなお暴れる大上さん。

――ドコォッ

 そんな彼を最終的に沈めたのは、テーブルを回り込んで大上さんの傍まで移動し、彼に踵落としを決めた蘭ちゃんだった。シリアスなシーンにも関わらず、彼女だけは敵に回さないようにしようとギャグのようなことを思った瞬間だった。



 大上さんは今、手足をネクタイで縛られてソファに寝せられている。そんな彼の傍らで、わたしたちは千間さんから話を聞いていた。
 40年前、自分の父親が宝探しをするため烏丸蓮耶の屋敷に招かれたこと。父親から毎日大金と手紙が送られてきていたが、半年後にぱったりと手紙が途絶えて行方不明になってしまったこと。父親の最後の手紙には、隠されたメッセージが記されていたこと。手紙には、宝の隠し場所を示した暗号のこと、父親以外にもたくさんの学者が招かれていること、そして死期が迫り業を煮やした烏丸が見せしめのために学者たちをひとりずつ館内で殺し始めたことが書かれていたらしい。警察に言おうにも、隠されたメッセージに気付いたのは事件から20年も経った後。蓮耶も死に絶え、烏丸家も衰退し、館は人手に渡っていた。
 この話を大上さんについ話してしまったのが事の始まりらしい。大上さんはこの黄昏の館を見つけ出し、宝探しを始めたけれど結局暗号は解けずじまい。多額の借金をしてまで館を購入し引っ込みがつかなくなった彼はこう言い出したのだ。「名探偵を集めて解かせよう」と。
 そして大上さんと千間さんは怪盗キッドの名前を餌に、6人の探偵を集めることにした。だが、大上さんは宝の在処が分かったら千間さんを含め皆殺しにするつもりだったらしい。
 それに気付いた千間さんは烏丸に憑りつかれたような大上さんを止めるため、そして暗号解読を続けさせるために、今回の計画に至ったとのことだった。ティーカップに塗った毒で大上さんを殺し、残りの探偵たちに暗号を解読させるという計画に。
「……けど、ボウヤたちが登記記録を手に入れていたのは誤算だったねぇ」
 探くんの方を見ながら千間さんが言う。
「この館に来ることになったとき、登記を調べようと言い出したのはちゃんなんですよ」
 けれど探くんは自分の行動を驕る風でもなく、わたしの方に視線を向けながらそう言った。
「登記記録は請求すれば誰でも見ることができますからね」
 登記記録にはその建物の持ち主や土地の持ち主、そして今それを借りている人物がいればその者の情報も記載されている。館に来る前から晩餐会の正体主が大上さんだと知っていたわたしにとって、裏付けのために登記記録を用意しようという結論に至るのはそう難しいことではなかった。実際、取ってきた登記記録には大上さんの名前が記されており、彼こそがこの館の主であることを決定づけている。
 ふと、わたしは気になっていたことを千間さんに尋ねてみることにした。
「大上さんを殺せなくて残念ですか?」
 千間さんは首を横に振った。
「……いいや。止めてくれて助かったよ」
 もう、自分では引っ込みがつかなかったから。千間さんは言う。
「……けれど、できることなら、父がわたしに遺した暗号の答えを知りたかったねぇ……」
 どこか遠くを見ているような、寂しそうな表情で千間さんが言った。
 わたしは一緒に話を聞いていたコナンくんの方を見遣る。
 コナンくんがわたしの視線に気付いた。
 わたしは微笑む。
「その暗号ならそこにいるコナンくんが解いてくれますよ」
「えっ?」
 驚いた様子の千間さん。
 そうだよね、コナンくん? と首を傾げてみせると、コナンくんは僅かに首を傾げてから、うん! と頷いて子どもらしく笑った。



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2012.12.16